西船橋駅前教室

Tel:0120-958-185

  • 〒273-0031 千葉県船橋市西船4-22-5マスタンビル2号館3F
  • JR総武本線、武蔵野線、東京メトロ東西線/西船橋駅 北口徒歩1分

受付時間:14:00~20:00 日祝休

2012.07.20

教室の片隅に、「先生からの熱いメッセージ」と題し、講師の写真とメッセージが掲示されています。

あるとき、講師の一人が、メッセージの中で、「大人になったら勉強なんかしない」と書いたんです。

私は、一発で却下しました。

なぜって? 大人になった方が、勉強するからです。(まぁ、しない人もいるかもしれませんが・・・)

私を例にとると、大学を卒業して、あるコンピュータ会社に入社しました。
そのときが一番勉強したかな? 
なぜって、勉強しなかったら、一人前のシステムエンジニアにはなれないから。
コンピュータのことはもちろん、顧客先の業界情報や業務知識、会計の勉強、などなど、数えだしたらきりがありません。

仮に、勉強しなかったらどうなるか?
これは、火を見るよりも明らかです。
仕事ができない = お給料を出したくない社員 = いらない社員

ただ、大人になってからの勉強というのは、国語、数学、英語、理科、社会、のように、範囲や分類が決まっていないことの方が多いです。

例えば、看護師さんの場合。
採血するのに、注射針が血管を突き破ったら、まずいですよね?
それって、まずは頭で勉強して、今度は体で勉強しないと、なかなか上手くはならないですよね?

例えば、書籍編集者の場合。
漢字が読めなかったら、編集者として、いかがなものでしょう?
小説を本にする部署に、マンガしか読んでいない人は、はたして配属されるでしょうか?

職業ごとに違いはありますが、共通しているのは、仕事に就いてからも勉強する、ということ。
勉強って、一生続くものだと思います。

勉強することを諦めたとき、人間は忘れる動物ですから、どんどん使える知識が減っていくことになります。
あなたは、「使える人間」「できる人間」のグループに入りたいですか?
それとも、「使えない人間」「できない人間」のグループに入りたいですか?


でも、いいこともありますよ。
「好きなこと」をやっているとき、人間はあまり、勉強しているとは感じにくいんです。
だから、好きなことを仕事にできたら、もしくは、仕事の中に好きなところを見つけることができたら、それはとっても素敵なことだと思います。

(教室長 古谷)

2012.07.19

■ 『だれでも書ける最高の読書感想文』 齋藤孝 角川文庫 514円

夏休みといえば・・・・宿題! 代表的なのは、読書感想文と自由研究。

あなたは、夏休みの宿題を、コツコツ地道に計画通りにやるほうですか?
それとも、最後に慌ててやっつけるほうですか?
私は、、、スタートダッシュはするものの、あとは最後にやっつけるほうでした。

さて、今回見つけたのは、読書感想文の書き方の本です。
「だれでも書ける」という部分に、多少の胡散臭さを感じながらも、ついつい買ってしまいました。

結論、この本は、買って正解だった。514円の価値がある。

この本を読んでも、どうしても駄目だという人は、以下の通りに試してみましょう。

1.読みながら、感動した台詞や文章、ためになった文章、むかついた文章、など、ひっかかったところに、付箋を貼っていきましょう。

2.付箋に順番を書き込みましょう。
 1:自分の心が、ものすごーく大きく揺れたところに、1と書きます。
 2:自分の心が、けっこう大きく揺れたところに、2と書きます。
 3:自分の心が、揺れたところに3と書きます。

3.順位をつけ終わったら、白い紙に、1だけ書き出しましょう。

4.書き出した文章についての自分の意見や感想を、脇に書いていきましょう。

5.読書感想文の最初の文句と、最後の締めくくりの文章を考えましょう。


どうですか? なんとなくできそうな気がしませんか?

本当は、もっともっと細部にわたって、この本の中で説明がされています。
文章も平易でわかりやすいので、たぶん、小学生の高学年だったら読めると思います。

文章を書くことに慣れていない人は、いいんです、不器用で!
その不器用な文章を、コツコツと積み重ねていったら、だんだん最初より、書くスピードがあがるんです。

一番困るのは、怖がって書かないこと!
たかが読書感想文じゃないですか。
されど読書感想文なんですよ。

ひとつだけ、やってはいけないこと。
それは、文末に書かれていた後書きや、本の帯に書かれていた惹句などを、そのまま引用してはいけない、ということ。
自分の心に正直に書いた文章の中に、上記のような文章が混じっていると、必ずばれます。
読み手である先生は、かなりの文章を読んできている人たちですので、自分のものでない文章などは、すぐにお見通しなんです。

欲を言えばきりがありません。
まずは、付箋張りから始めませんか?

(教室長 古谷)

2012.07.18

私の父は新潟にいるとき、最大3万5000冊の蔵書を所有していました。
ですから、子どもの頃に住んでいた家も、書斎があって、壁中が本だらけの家でした。


でも、両親に介護が必要になり、今の家を新たに買うことになって、とても父の蔵書までは引き取れないため、父はすべて、上越市の図書館に寄贈してしまいました。

今思えば、もっと時間的余裕があったなら、私の欲しい本だけでも、持ってきたかったと思います。
それに、神田の古書店に売れば、けっこうな値段がついたのでは?と、今更ながら残念です。


父は、高校教師であり、郷土史家でもありました。
だから、父の姿で一番印象的なのは、本を読んでいる姿と、原稿を書いている姿です。

でも、小学校の時、母が私に勉強を教えてやってくれというと、父は、「俺は教員で飯を食ってるんだ。俺に教えて欲しければ、金を持ってこい」と言い返しました。


私は父から勉強を教わったことはありません。

でも、時折、ものすごく深いことを言うんです。

本の読み方もそのうちのひとつです。


その1:何かを調べようと思ったら、1冊の本だけじゃなくて、同じような本を2冊、できれば3冊は読みなさい。
そのとき、必ず著者とその略歴などを見て、違う人物の本を買いなさい。


その2:子ひき、孫ひきに気をつけなさい。他人の文章を引用している箇所に出会ったら、なるべく原書を読んで確認しなさい。

この2点は、今、私が最も鋭意努力中の点です。

ただ、父と違って、私のパートナーは、なるべく家の中をすっきりさせておきたい人。
だから、父のように多くの蔵書を所有することはできません。
なにを残して、なにを処分するか、いつも悩みの種です。

あと、私は思うのですが、親が本も読まないし、勉強もしなかったら、子どもだって、本も読まないし、勉強もしなくなると思うんですよね。
まあ、希に、反面教師として自分を戒めるお子さんもいるかもしれませんが、やはり、子どもは親の背中を見ています、

日頃、生徒たちに「勉強しなさい」と声をかけている身としては、何歳になっても、自分自身に同じことを言い聞かせているつもりです。

(教室長 古谷)

2012.07.17

みなさんは、自分の名前が、どういう意味を込めてつけられたのかを知っていますか?

私は小学校の頃、自分の名前が大嫌いでした。

私の名前は、「早百合」です。

私が産まれたのは、クリスマスの夜。「早」という字は、単に早産だったから。
でも「百合」の部分には、父の初めての子どもへの思いが託されていました。

クリスマスにちなんで、旧約聖書から、ある部分を引用したのです。

どんな金、銀、財宝よりも、野に咲く一輪の百合の花の方が素晴らしい、とかなんとかいう意味らしいです。

そんな名前をつけられた、というのに、私と来たら、まるで「鬼百合」! 「白百合」とは、ほど遠い人物でした。

そして、ですね・・・・大人になってから気づいたこと!
しっかり、今日もやってしまいました。

「早百合」と、「早合点」って、似ていると思いませんか?

どうりで、、、、私の早合点は、年季が入っているわけですね。笑

いかがでしょう?

たまには、親とのコミュニケーションをとるのに、名前の由来を聞いてみたら???

(教室長 古谷)

2012.07.12

■ 『東大生が選んだ勉強法』l 東大家庭教師友の会 PHP文庫 476円+税

他人がどんな勉強法をしているのか、気になったことはありませんか?

私は、いつも、自分が馬鹿だという固定観念から逃れられず、少しでも頭がよくなりたいと思いながら、仕事をしてきて、現在に至っています。
ま、この年齢になっても、そんなことを言ってるってこと自体、どこにも到達していないのですが・・・笑

本書の中に、本を少しずつちぎって、暗記したら、その箇所は捨ててしまう、という方法がありました。
捨ててしまったんだから、覚えるしかないという脅迫観念を芽生えさせるためだそうです。

この、本をちぎって読む、という方法は、高校時代、現代国語でやっていました。
ただ、私の場合は、教科書が分厚いため、持って行くのがかったるい、、、、という邪道でしたが・・・。
この方法、私には絶対にできない、と思います。
鳥よりも記憶力が悪いので、どこかにとっておかないと、本気で困ることになります。

自分に合わない参考書などは、即ゴミ箱へ、というのが載っていて、なるほど納得しました。
私はいろんな本を読むのですが、とくに、小説に関しては、おもしろい小説と、はずれの小説があります。
なんだかよくわからないけれど、いまいち時間を無駄にした気分になる小説には、できるだけ出会いたくないです。
反対に、読んで良かった小説は、心のサプリメントになっている気がします。

本書の内容に戻りますが、どの方法も、その方法をやってやってやり抜いて、ある地点まで到達しないと、その良さがわからないものばかりです。

最近、国語の文法のノートをとる機会があって、でも、それも、やってやってやり抜かないと、そのノート取りの方法が良いのか悪いのかわかりません。

こんな言葉を思い出しました。
10年やってみな、そしたらいいか悪いかわかるから。
ま、10年もかけているわけにはいかないので、できるだけ頑張ってみますが、やはりやり抜かないと、その答えは出てこないんでしょうね。

 (教室長 古谷)

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