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赤塚駅前教室からのメッセージ

センポ・スギハラの「命のビザ」

2016.07.09

みなさんこんにちは、赤塚駅前教室担当講師のHです。

今日から76年前の1940年7月9日、在リトアニア日本領事代理である杉原千畝(すぎはらちうね)ユダヤ系難民に日本通過ビザを発行し、9月4日までに約2000枚のビザを発行したということがありました。
これを読んだだけでは一体何が起きたのか分かりづらいのですが、どういったことが起きたのでしょうか?

杉原千畝という人物は日本の外交官で、第二次世界大戦中にリトアニアというヨーロッパの国の領事館で働いていました。
外交官の仕事は国同士の関わりである外交の仕事がメインとなりますが、リトアニアの人が日本に渡るための許可を出すビザを発行するという役割もありました。

今の世の中でも難民や移民などに関して国家間での問題が深刻化していますが、当時は世界大戦中でしたので、自分の国を守るという意味でも外交官という仕事がいかに重要であるかは想像に難くないですよね。

第二次世界大戦ではドイツ軍によるユダヤ人の迫害が今でも暗い歴史として刻まれていることはみなさんご存知だと思います。
杉原千畝が従事していたリトアニアのカウナスという地域にもたくさんのユダヤ人が暮らしていました。
リトアニアの場所はドイツからポーランドを挟んだ位置にあり、そのポーランドもドイツの占領下に置かれたので、リトアニアに住んでいるユダヤ人からすると、いつドイツ軍の侵攻に会うか分からない状況でした。

ユダヤ人からすると、ドイツ軍の手の届かない安全な国へ亡命する、というのことが生き延びるすべとなったのですが、世界中の国々で難民となったユダヤ人をどう受け入れるかが問題になってしまいます。
日本もその例外ではなく、日本に亡命を望む人や、日本を経由して安全な国へ逃げようとする人がたくさんいました。

そうなると間に入ってくるのが、外交官である杉原千畝です。
彼は自分の元へやって来る人たちへ、独自の判断でビザを発行し、多くの人たちの亡命の手助けをしました
彼が発行したビザは2000枚以上、救った難民の数は6000人以上とも言われています。

ただし、本来ビザの発行にはきちんとした資格と日本からの許可が必要でした。
しかし、千畝はそれを差し置いて自分の判断でビザを発行しました。
この行為は、国の規則にはそぐわない非人道的な行為であるという意見もありますが、命の危険にさらされている人たちを助けるという人として素晴らしいことをしたことには違いがありません。
事実、彼は日本国の指令に背いたということで不遇な思いもしたようですが、後の世では彼の行いが評価され今では英雄として扱われています


20160709パスポート.jpgまた、彼にはこんな逸話も残されています。
杉原千畝(スギハラチウネ)という名前は海外の人にとっては呼びにくいものなので、自分のことを「センポ・スギハラ」と呼ぶようにと彼は言っていたようです。
ですので、海外では杉原千畝ではなく、センポ・スギハラとして有名なわけですね。
こうした彼のキャラクターが今なお英雄として語り継がれる所以化もしませんね。


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