大森教室

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2013.04.10

 こんにちは!
 大森教室・副教室長の村田です^^

 道行く人たちのマスクが外れてきました。
 花粉症が治まってきた気配を感じて、私はうれしいです^^
 ただ、マスクが外れる→今まで予防できていた風邪が…なんてこともよくあるので、
みなさんも気をつけてくださいね。


 前任の教室長からこのブログを引き継ぐにあたって、
何を中心に更新していこうかなーと考えていたのですが、
せっかくなので、私の得意(趣味)分野である、古典からいろいろ紹介していこうと思います。

 もちろん最新の学習情報も発信していきますので、前年度のブログファンの皆様も、
ぜひぜひ今年度の大森ブログにご期待ください^^



 というわけで、第一弾ですが、私の好きな和歌からひとつ。


 “ 春の色の  いたりいたらぬ  里はあらじ  咲ける咲かざる  花の見ゆらむ ”


 『新古今和歌集』巻二、読人不知(よみびとしらず)の和歌のひとつです。

 「いたりいたらぬ」「咲ける咲かざる」のリズミカルな語感がおもしろく、「花なき里」という
一種さびしい情景を、春の陽気さに乗せて軽快に仕上げていて、
私はけっこう好きな歌です。

 この歌、訳は単純で、「里は春になったけれども、花は咲いたり咲いてなかったりするなあ」
というわりあいそのまんまな歌なのですが、厳密に解釈しようとすると少し難しいのです。

 それがこの「いたりいたらぬ」「咲ける咲かざる」が何を示すのか。

 「里」であるのは確かですが、それがひとつの「里」の中のあちこち、を指すのか、
それともこっちの里、あっちの里、というように、いくつかの里の存在を示すのか、
そのあたりが非常にあいまいで、どちらの解釈も出来るのです。
 ちょっと面白くはありませんか?

 文法的なキモは「咲ける」の「る」=完了存続の「り」と、文末の「らむ」でしょう。
 この「り」は、「咲く」という状態が「完了」している上で、その状態が「存続(継続)」している
ことを示しています。「つ」や「ぬ」ではあらわせない意味なんですね。

 また、「らむ」は「現在の原因推量」。
 「どうして~なのだろう」というふうに訳す…というのが決まりきった形ですが、
言葉にしない部分として、「何があったら目の前の現在は、こんな状況になっているのだろう」
という、ただの推量ではない、「現在の状況の発生源に対する疑念」を
強く醸す助動詞です。

 この「らむ」の醸す疑問が、リズミカルな和歌全体とマッチして、
本来春の情景として王道である「桜が咲き誇る春の盛り」に対してやや劣る
「花のない春」を、実に軽やかに明るい歌として仕上げています。
 …仕上がってるんですよ?^^


 ま、でもふつう、高校ではここまでやりませんよね。
 しかしここは城南コベッツ!
 「高校では教えない(かもしれない)」色々な情報が集まる塾です。

 まあ、古典に関しては私の趣味ですが…古典の世界はもっともっと奥深いんですよ^^



 では今回はこの辺で。
 次回の更新もお楽しみに^^



【成績保障のある個別指導塾 城南コベッツ 大森教室】