赤塚駅前教室

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  • JR常磐線 赤塚駅 徒歩1分(駅直結)/駐車場あり

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2015.01.31

みなさんこんにちは、赤塚駅前教室担当講師のHです。
毎度ブログをご覧いただきありがとうございます。

我々、赤塚駅前教室は次の2月23日で開校から丸2年たち3年目を迎えようとしています

このブログは丁度1年前から毎日更新(休館日を除く)”を目標に掲げ、日々の更新に取り組んで参りました。
おかげさまで、記事の数も1年前から数え300を超え、毎日どんなことを書こうかと頭を悩ませています。

このブログの内容は小学生、中学生、高校生に向けて勉強の内容に限らず”知っておいて欲しいこと”を載せられるように心がけています。
しかし、どうしてもわたし自身の主観を交えた記事になってしまいますので、中には「こんなことは小中学生は知らなくても・・・」と思われてしまうような内容も含まれているかもしれません。
いかんせん、毎日何かを伝えたいという気持ちゆえですので、ご容赦いただきたいと思います。

また、雑学的な内容だけでなく、赤塚駅前教室の日常を皆様に分かり易く伝えられたらと思っております。
たくさんある塾の中でも赤塚駅前教室は”こんな塾なんだ!””こんな楽しい先生がいるんだ!”ということを、直接塾に足を運ばなくても分かっていただけるような内容を伝えていけるよう心がけています。
そして、塾に直接お越しいただいた際は「ブログに書いてあった通り」なんて思っていただけたら幸いですね。

皆様に愛していただけるようなコンテンツを目指して、内容、文章ともに精進して参りますので、今後ともご愛顧いただきますようよろしくお願い申し上げます。


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2015.01.30

20150130仮名手本忠臣蔵.jpg今日から312年前の1703年1月30日(元禄15年12月14日)は赤穂浪士が吉良邸への討ち入りを行った「元禄赤穂事件(げんろくあこうじけん)」の討ち入りが起きた日です。

元禄赤穂事件についてはご存知の方も多いでしょうか。
毎年、12月の半ば頃になると「忠臣蔵」というタイトルで討ち入りのドラマがやりますよね。
それで概要を知っている人は多いと思います。

元禄赤穂事件の発端となった、浅野長矩(あさのながのり)が江戸城の城内にて吉良義央(きらよしひさ)を切りつけてしまうという事件については昨年の4月21日のブログでも触れいているので、よければそちらもご覧ください。

忠臣蔵というのは「元禄赤穂事件」を題材とした歌舞伎の演目のタイトルで、正式には『仮名手本忠臣蔵』と言ったそうです。
この忠臣蔵の演目は当時からとても人気が高かったようで、今でも親しまれているのにはそういった要因があったのかもしれませんね。

さて、毎年ドラマで見る「忠臣蔵」ですが、ドラマを盛り上げる演出のために実際とは異なっている部分もあるようです。
その中でも有名なものが”雪”に関するものです。

ドラマでは、これから討ち入りに行くという場面で、赤穂浪士たちが吉良邸の前で決心を固めているところに雪が深々と降っています。
辺りは暗くとても静まりかえって、そんな景色に雪が降るのはとても絵になるものですが、実際は討ち入り当日は雪は降っていなかったようです。

ですが、討ち入り決行の前日は記録的な降雪があったようで、実際には雪が積もった中での討ち入りであったという話が残っています。
今日は関東地方でも雪が降っていますね。
水戸では今は雨になっていますが、とても寒いです。

300年以上前の討ち入りの夜もとても寒い中での決行であったことは想像に難くないですね。

さて、夜中の討ち入りではありませんが、みなさんの中には夜遅くまで勉強を頑張っている人も多いと思います。
夜中頑張ることは良いことですが、試験前には生活のリズムをきちんと整えておくことも大事です。

特に、昨今は冷え込むことも多いので、体調管理には引き続き十分に注意するようにしましょう!

2015.01.29

1月29日は「昭和基地開設記念日」とされています。

みなさん、昭和基地というのはどこにあるかご存知でしょうか?
”昭和”という名前がついているから、日本のものであることは分かりますが、実は昭和基地があるのは日本ではないのです。

昭和基地は今日から58年前の1957年1月29日に南極のオングル島というところに建てられました。

南極と言えば6大陸の一つですので、知らない人はいないと思います。
文字通り地球の最も南の点である南極点を中心とした大陸で、一年中氷で覆われた極寒の地であるため基本的に人が住むことはできません。

今日から約60年近く前に、南極の様々な観測を行うために”昭和基地”が建てられたわけですね。

そんな昭和基地ですが、現在でもしっかりと現役で活躍してくれています。
南極観測のホームページを見ると、どんな調査を行っているか写真や図を交えて詳しく知らせてくれています。
特に「昭和基地NOW!」というページでは、過酷な環境の中でも楽しそうに作業や食事をしている隊員たちの姿を見せてくれていて、どんな生活を送っているか分かります。
写真から伝わる快適な様子は、何も知らない私からすれば『本当に南極なのかな?』って疑ってしまうほどです。
(きっと隊員さんたちの努力がそういった環境を作り出しているのですね。本当にご苦労様です)

日本の冬程度の寒さで毎日『寒い、寒い』とぼやいている自分が恥ずかしくなってしまいました。

ちなみに昭和基地の年間平均気温は-7.6℃だそうです(水戸市の年間平均気温は13.6℃でした)。
それだけでも寒さが伝わってきそうですよね。

南極基地の隊員のみなさん!寒さに負けずに頑張ってください!

さて、コベッツ生のみんなも寒さなんかに負けてはいられませんよ!
引き続き体調管理には注意して頑張りましょう!


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2015.01.28

20150128紀貫之.jpg今日から1081年前の西暦934年の1月28日(承平4年12月21日)は平安時代の歌人である紀貫之(きのつらゆき)「土佐日記(とさにっき)」の旅に出立した日です。

土佐日記は紀貫之が国司として赴任していた土佐の国(今の高知県)から京へ帰るまでの約55日間の旅路の様子を虚構を交えて書いた日記風の文学です。
日本文学史上初めての日記文学とも言われています。

また、土佐日記の特徴として「をとこもすなる日記といふものを、をむなもしてみんとて、するなり・・・(男が書くと聞いている日記というものを女である私もしてみようと書くのである・・・)」という書き出しから始まり、男性である紀貫之が女性が書いている日記として書き上げているというものがあります。

当時、男性の書く日記というものは漢文で書かれるのが普通で、平仮名は和歌を詠むときに使われるものだったそうです。
ですが、土佐日記は日記の体にも関わらず”平仮名”を用いて書かれているという特徴もあります。

このような特徴から、土佐日記は後の女流文学に大きな影響を与えたと言われています。

紀貫之が活躍した当時は、中国から伝わった文化を日本人に合うようにアレンジされた国風文化というものが栄えてきたころでした。
文字も中国から伝わった漢字を変形させ、日本独特の仮名文字が使われるようになり、紀貫之以降、紫式部清少納言などの女性文学者が登場し活躍したこともこの時代の特徴ですね。

土佐日記は社会の歴史や、国語の古典でも出題の可能性があるものです。

土佐日記の現代語訳などもネットで調べればいろいろと出てくるようなので、気になった方は調べてみてはいかがでしょうか?

2015.01.27

1月27日は「国旗制定記念日」とされています。
これは145年前の1870年の1月27日に今の日本の国旗のデザインの原型が決まったことにちなみます。

日本の国旗といえばみなさんどんなものかご存知ですよね。
白地に真ん中に大きな赤い円が描かれており、とてもシンプルでとても分かり易い国旗です。
日本にいれば見かけることも多いですよね。

あの国旗は実は「日章旗(にっしょうき)」という正式名称があります。
我々は一般的に「日の丸」と呼ぶことの方が多いでしょうか。

日本と言う国は、自国の名称を「日の本」と呼んでいるように”太陽が昇ってくる国”という考えがありました。
かつて聖徳太子が隋に対して「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に・・・(太陽が昇る国の王から太陽が沈む国の王へ・・・)」という手紙を送ったという話は歴史の授業で聞いたことのある人も多いと思います。
よその国からしてみればとんでもない話ですが、日本には昔から”太陽が昇る国”という考えがあって、それにちなみ国旗のデザインも太陽を模したものになったようです。

また、紅白は日本ではとてもおめでたい色とされており、そういった要素も国旗には含まれているわけですね。

今日は国旗制定記念日ということで、世界の様々な国旗と日本の日の丸を見比べてみてはいかがでしょうか?


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