2024.04.22
笛は 横笛、いみじうをかし。遠うより聞ゆるが、やうやう近うなりゆくもをかし。
近かりつるがはるかになりて、いとほのかに聞ゆるもいとをかし。
車にても、徒歩(かち)よりも、馬にても、すべて、ふところにさし入れて持たるも、
なにとも見えず、さばかりをかしき物はなし。まして聞きしりたる調子などは、
いみじうめでたし。暁などに忘れて、をかしげなる、枕のもとにありける見つたるも
なほをかし。人のとりにおこせたるを、おしつつみてやるも、立文のやうにみえたり。
笙(しょう)の笛は、月のあかきに、車などにて聞こえたる、いとをかし。所せく
持てあつかひにくくぞ見ゆる。さて、吹く顔やいかにぞ。それは横笛も吹きなしなめりかし。
篳篥(ひちりき)はいとかしがましく、秋の虫をいはば、轡虫(くつわむし)などの心地して、
うたてけぢかく聞かまほしからず。ましてわろく吹きたるは、いとにくきに、臨時の祭の日、
まだ御前には出でで、もののうしろに横笛をいみじう吹きたてたる、あな、おもしろ、
と聞くほどに、なからばかりよりうち添へて吹きのぼりたるこそ、ただいみじう、
うるはし髪もたん人も、みな立ちあがりぬべき心地すれ。
やうやう琴、笛にあはせてあゆみいでたる、いみじうをかし。
【現代語訳】
笛は横笛がとても風情がある。遠くから笛の音が聞こえるのが、段々と近くなってくるのも面白い。
近かったのが、遠くになっていって、本当に小さな音が聞こえるのも、とても面白い。
車であっても、徒歩であっても、馬の上でも、いつも懐に差し入れて持っていても、
何にも変に見えず、これほどお洒落なものもない。まして、聞いて知っている歌などは、
とても素晴らしい。明け方などに、男が置き忘れて、おしゃれな横笛が枕元にあったのを
見つけたのも、とても面白い。人を遣わしてきて取りに来させたのを、紙に包んで渡すのも、
立文のように見えたものである。
笙の笛は、月の明るい晩に、車などでふと聞いたのは、とても情趣がある。
しかし、物が大きくて置き場所が狭く、持って扱いにくいように見える。
さて、それを吹く顔はどんなものであろうか。それは、横笛であっても、
吹き方によって顔の見え方は変わるだろう。
篳篥(ひちりき)は、とてもうるさくて、秋の虫でいえば、くつわ虫のような感じがして、
嫌いなので近くで聞きたくもないものであり、まして、下手に吹いたのは
とても憎たらしくなるが、臨時の祭の日、まだ帝の御前には出ないで、
物影で横笛を一生懸命吹き立てたのを、面白いなと聞いているうちに、
途中から一緒に篳篥を吹いたのは、ただ素晴らしくて、綺麗な髪を持っている人でも
髪がすべて立ち上がってしまうような気持ちがした。
そして、ようやく琴、笛に合わせて一緒に歩き出たのは、とても面白い。






