城南コベッツ横浜六浦教室

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2024.03.07

句読点とは、文章を区切る際に使用される「、」や「。」のことで、
文章を区切るために文の末尾に使われる「。」を句点(くてん)、
文章を読みやすくするために文中に打つ「、」を読点(とうてん)と呼びます
ちなみに、句点に書き順が存在しているのをご存じですか?
小学生の「こくご」の教科書では、下から時計回りに一回転するのが正しい書き方ですが、
決められた書き方なのか、はっきりした根拠はありません

文末が句点「。」で終わるメッセージを受け取ると威圧されたように感じるというのが
「マルハラスメント(マルハラ)」です
マルハラは、LINEなどのやりとりで、文末の句点を威圧によるハラスメントと感じるというのです

「○○しておいて!」は期待されているように思えるが、
「○○しておいて。」だと突き放されているように感じる

句点「。」は感嘆符「!」より「威圧的」「冷淡」「怖い」といった
ネガティブな印象を感じるというのですが(あえて「。」はつけません)

2024.03.05

鳥辺野(=とりべの)は、京都市の一地域を指す地域名です。平安時代以来、葬送の地として
『源氏物語』や『徒然草』に登場し、藤原道長も同地で荼毘に付されたといいます。
「東の鳥辺野(とりべの)」「西の化野(あだしの)」「北の蓮台野(れんだいや)」が
平安京の三大風葬地です。風葬地とは遺体が捨てられて、野ざらしにされていた所です。

源氏物語第四帖「夕顔」より

御心地かきくらし、いみじく堪へがたければ、かくあやしき道に出で立ちても、
危かりし物懲りに、いかにせむと思しわづらへど、なほ悲しさのやる方なく、
「ただ今の骸を見では、またいつの世にかありし容貌をも見む」と、思し念じて、
例の大夫、随身を具して出で給ふ。
道遠くおぼゆ。十七日の月さし出でて、河原のほど、御前駆の火もほのかなるに、
鳥辺野の方など見やりたるほどなど、ものむつかしきも、何ともおぼえ給はず、
かき乱る心地し給ひて、おはし着きぬ。

現代語訳:まだ気分も悪く、気持ちも沈んでいるせいで、また昨夜の物の怪に
襲われるのではないか、引き返したほうがいいのではないか、と光君は迷う。
けれども悲しみは紛らわしようがなく、最期の亡骸を見ないことには、
いつの世で女の顔を見ることができようかと、随身を伴って惟光とでかけた。
道は果てしなく遠く思えた。十七日の月が上り、加茂河原のあたりにさしかかると、
先払いの者が持つ松明の明かりもほのかで、火葬場のある鳥辺野が
ぼんやりみえるのはいかにも薄気味悪いが、光君はもうこわいとは思うこともない。
気分のすぐれないまま、山寺に着いた。

参考文献:河出文庫古典新訳コレクション 源氏物語1 角田光代 訳

2024.03.02

太宰治「正義と微笑」より

勉強というものは、いいものだ。代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、
もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。
植物でも、動物でも、物理でも化学でも、時間のゆるす限り勉強して置かなければならん。
日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ。
何も自分の知識を誇る必要はない。勉強して、それから、けろりと忘れてもいいんだ。
覚えるということが大事なのではなくて、大事なのは、カルチベートされるということなんだ。
カルチュアというのは、公式や単語をたくさん暗記している事でなくて、
心を広く持つという事なんだ。つまり、愛するという事を知る事だ。
学生時代に不勉強だった人は、社会に出てからも、かならずむごいエゴイストだ。
学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。
けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が
残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん。
そうして、その学問を、生活に無理に直接に役立てようとあせってはいかん。
ゆったりと、真にカルチベートされた人間になれ!これだけだ、俺の言いたいのは。
~以下略

「真にカルチベートされた人間になれ!」
学校の勉強や日々の経験などから学び、人として耕されていき(洗礼されて)、
学校で学んだことを無理に直接役立てようとせず、焦らず良い人生を歩んでほしい。
といった意味になるでしょうか。
※cultivate=耕す、耕作する、磨く、洗礼する、養殖する、培養する、養う

2024.02.27

紫式部が後宮(こうきゅう)にお仕えするようになった経緯について考えてみましょう。
※後宮とは、皇后・中宮・女御が住まわれ、女官が奉仕した禁中の奥御殿のこと

紫式部は、一条天皇の御乳母という関係か、または「紫式部日記」に
「中務の宮わたりの御ことを、御心に入れて、そなたの心よせある人とおぼして
かたらはせ給ふも、まことに心のうちは、思ひゐたることおほかり。」とあるように、
中務卿具平親王との姻戚関係か、あるいは「源氏物語」の作者という名声かによって、
お召しを受けたものではないでしょうか。そのお召しはかれらにとって名誉であり、
喜びであったに相違ありません。紫式部もその宮仕えの喜びを、その日記の中に
「さりげなくもてかくさせ給へり。御有様などの、いとさらなることなれど、
憂き世のなぐさめには、かかる御前をこそたづねまゐるべかりけれと、
うつし心をばひきたがへ、たとしへなく、よろづ忘らるるも、かつはあやし」
と告白しているのです。

※中務の宮:村上天皇第七皇子の具平親王(ともひらしんのう)

現代語訳:(道長様は)中務の宮家との件についても、実に熱心なのです。
そして、この私が宮家と特に関係が深いことを知られているので、あれこれと相談を
かけてこられるのです。私としては、そのような相談をされてはおりますが、
実のところ、さまざまに思い込んでしまうことが多くありました。『若宮誕生』

現代語訳:何気ないふうにそっと隠しなさっていらっしゃるご様子などが、
本当に今更言うまでもないことであるけれども、つらいこの世の慰めとしては、
このようなお方こそをお探ししてお仕え申し上げるべきであったのだと、
ふだんの心とは打って変わって、たとえようもなく全て(の憂鬱な気持ち)が
忘れられるのも、一方では不思議なことなのです。『秋のけはひ』

参考文献:「平安朝の生活と文学」ちくま学芸文庫 池田亀鑑
     「紫式部日記」岩波文庫 池田亀鑑/秋山虔

2024.02.19

2月22日は、にゃんにゃんにゃんの語呂あわせで「猫の日」です。
今年の「猫の日」は、古典落語「猫の皿」をご紹介いたします。

骨董の掘り出し物を見つけ、安く買いたたいて好事家に高く売るのが果師(はたし)。
爺さんひとりでやっている茶店で休んでいた果師、茶を飲みながら店主と世間話。
ふと店のすみで餌を食べている飼い猫を見ていると、受け皿が名品の「高麗の梅鉢」。
果師はこれを買い叩こうと企み、何気ない風を装って猫を抱き寄せ、
「ご亭主の飼い猫が気に入った。三両で引き取らせてはくれないか」と持ちかけます。
店主が首を縦にふると果師は、「猫は、皿が変わると餌を食べなくなると聞くよ。
この皿も一緒に持っていくよ」と、何気なく梅鉢を持ち去ろうとします。
ところが店主はあわてた様子で、皿だけは絶対にダメだとゆずりません。
「猫は差し上げますが、この梅鉢は捨て値でも三百両という
名品でございますから売るわけにまいりません」と言います。
驚いた果師が「何だ、知っていたのか。この梅鉢が名品とわかっていながら、
何でそれで猫に餌をやっているのだ」とたずねると、
店主は「はい、こうしておりますと、時々猫が三両で売れます」

参考図書 古典落語100席 立川志の輔・監修 PHP文庫