2024.01.23
数学の7章が範囲外になるようです。
7章「データの比較」は3年に持ち越すとのことです。
(急な変更もあり得るので、その際は改めて情報更新します。)
学年末テストは「確率」メインのテストになると予想されるので、
確率の色々なパターンの練習をしておきましょう!
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2024.01.23
2024.01.16
令和 6 年1月1日に発生した令和6年能登半島地震により、犠牲となられた方々に謹んで哀悼の意を表します。また、被災された方、そのご家族及び関係の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
元日の、穏やかな一日に、日も傾いてきた午後4時過ぎ、能登地方を文字通りの激震が走りました。最大震度7、マグニチュード7.6という凄まじい威力に、多くの家屋や建物が倒壊し、日本海沿岸特有の、ほぼ間をおかずにやって来る津波が、能登半島を襲いました。
北陸の厳冬の中、今なお万単位の方々が避難生活を余儀なくされ、ライフラインも復旧していない状態です。
地震国である日本には、これからも甚大な地震は襲い来るでしょう。地震を無効化できるような大それた力を持たない我々は、せめて災害後になるべく被害を抑えるよう備えておくことが肝心です。――という言説は大きな地震の後には定型文のように言われる警句ですが、「備える」とは、何も防災グッズを用意しておく、ローリングストックで非常食を確保しておく、というだけでなく、心構えの面でも備えておく必要があるのだと考えています。
災害情報時にはSNSが大きな効力を持つことは、東日本大震災の際に確認できたことですが、その際にはその負の側面、「デマの拡散」という憂慮すべき出来事も多数起きてしまいました。今回の能登地震でも、デマが拡散されているという報道を見かけます。例えば、「外国人窃盗団が能登半島に集結している(しかも実際には国名まではっきり書かれていました)」というような偽情報が、これは残念ながら現在も拡散してしまっています。
こういった偽情報の拡散は、激甚災害の度に見受けられます。大正時代に起こった関東大震災でも、「井戸の水に朝鮮人が毒を入れた」とデマが広がった、ということがあったようです。そのような悪質な噂話が、現代ではSNSで瞬く間に広がってしまいます。例えば、そんなデマ情報を安易に拡散しない、ということも、「心構えの面での備え」と言えると思います。
人間は、焦ってしまったとき、心が乱されたときに、普段では思いもよらない行動をしてしまうものです。だから、落ち着くことがまず第一。落ち着いて冷静に考えてみれば妙なデマには踊らされない――というのが、このテの話題でよく出てくる解決策です。まあ全くその通りであると思います。筆者も思い返してみれば、冷静さを欠いたために余計な失敗を重ねた記憶がまあ枚挙にいとまがないほど出てきます。つまり、「冷静になる」これは確かに正解ですが、そんなにうまく感情のコントロールが出来るなら、人間は失敗をしない生き物に進化できていることでしょう。......そんな人間、いませんよね。
しかも、SNSは、基本的に口には出せないような心情を吐き出しやすいようになっていますし、そのような使い方をしている人も多いはず。口に出す以上に、これを冷静さでもってストップすることって、大変なことだと思うのです。
そこで、ひとつだけ。ブレーキを踏むタイミングを用意しよう。というのが、筆者の考えです。
そのブレーキとは、「心配」でものを言っていないか。です。
心配する。これは一見、相手をおもいやる心、に、見えます。しかしこれがデマ拡散のひとつの原因ではないのかな? を私は考えているのです。
実際に拡散されたデマなどを見ていると、その文の結びが「注意!」「気をつけて!」となっているものが多いのです。ほとんどの人間は、後ろめたい行為は、やはり気が咎めるものです。ところが、「心配」は後ろめたい行為のカテゴリーに入っていない人が多く、上記のような「○○注意!」 や「〇〇に気をつけて!」といったデマは、良かれとおもって拡散してしまっているケースが多いと思っています。
ですので、今日からでも、「心配する」ということを、「悪いこと、相手を傷つけること」と同じように一旦ブレーキが必要な心持ちなのである。と意識しておいてほしいのです。
親が我が子を心配することは、生物のほんとどが持っている習性であり、子どもの危機管理上、絶対に必要であるものです。しかし、その関係にない他人が他人を心配するということは「本来自由であるはずの他人の行動(意思)を束縛する行為である」と思っておいた方が無難だな、と、筆者は災害時に関係なく考えています。ましてや「心配してやっている」というような心持ちでいると、ろくなことにならないし、災害時には、上記のようなデマを拡散してしまうことになるでしょう。
以上、「心構えの面での備え」について、ひとつ例をあげてみました。能登地方をはじめ、災害に会い、現在も不自由な生活を余儀なくされている方々の、一刻も早い日常への復帰をお祈りすると共に、私たちもまた、来る災害に、モノ、心両面から備えていきたいものです。
2023.12.19
師走はあっという間に日々が進み、大学受験生はいよいよ共通テストが迫ってきました。高校生も、千葉県立高校入試まで、残り60日程と、受験シーズンがやってきました。
当城南コベッツでも、受験生たちは冬期講習が始まっています。
さて、日ごろ受験受験、勉強勉強と生徒たちを叱咤激励している我々講師陣ですが、教室メッセージくらいはクリスマスの話題を提供したいと思います。
クリスマスのご馳走といえば何を思い浮かべるでしょうか? 日本では、「チキン」それも「フライドチキン」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか? しかも、それがなんだか西洋らしいというイメージもありませんか?
実は、世界中でクリスマスのご馳走が「チキン」であるという国は、ほとんどありません。アメリカでクリスマスに食べられる鳥の丸焼きは、「七面鳥」であり、鶏ではないのです。
イギリスでは、リンゴ、レモン、各種ドライフルーツを煮込んだ「ミンスミート」を詰めた「ミンスパイ」とお酒を用意し、サンタクロースをもてなすことが伝統となっています。
ドイツでは、ホットワインに「シュトーレン」というパン菓子がクリスマスの定番です。
フィンランドでもクリスマスにホットワインは欠かせません。また、クリスマス当日の朝には「リープシーロ」というミルク粥を頂くとか。
ギリシャでは、敬虔なギリシャ正教の信徒は、クリスマス前の40日間、肉や魚、卵、乳製品やお酒などを口にしない「断食」を行うそうです。そんな食事制限の中食べることができるのが「メロマカロナ」というお菓子。オリーブオイルやはちみつを材料とするため、上記の制限に触れずに食べることができるデザートであり、ギリシャのクリスマスには欠かせない食品です。
さらに南半球では、クリスマスは真夏のイベントです。オーストラリアではクリスマスパーティはしばしば海やプールで行われ、バーベキューなどで肉や魚などを頂くのが定番だそうです。
フライドチキンも、クリスマスケーキも、実は日本独特の風習となっているのです。西洋から入ってきて、その文化を模倣していたはずが、オリジナルに変化している。なかなか面白いですね。よいクリスマスを、よいお年をお過ごしください。
2023.12.07
いよいよ師走。2023年もあと一か月を切りました。受験生はいよいよラストスパート。一番の頑張り時です。一方、塾から目を離すと、町や店はクリスマスムード一色で、この時期の話題としてはクリスマスになることも多いです。
しかし、この教室メッセージは、前回聖書の話にまで遡る壮大で痛ましいパレスチナ問題を取り上げたばかり。2回連続聖書に関係する話をしても偏りますので、あえて別の話題に触れようと思います。
そこで表題の福袋です。本来は年始の初売りセールなどで見かける、中身の分からない詰め合わせ袋です。大抵は売値以上の価値のあるものが入っていますが、そこは売る側の在庫整理という側面も兼ねているため、ときにはとんでもないガラクタを引かされたりすることもありますよね。そんな運試し要素もまた楽しいのが福袋だと思います。
しかし、インターネットが普及してから、福袋も多様化しました。今では、今くらいの時期(場合によってはもっと前)に、ネットで予約しなければ入手できないような福袋もあったりします。筆者も、先日その類の福袋......の抽選権を予約しましたので、今回なんとなくテーマにしてみました。
さて、福袋の由来は諸説あって、「これが起源だ」と決まっているわけではないのですが、由来として有力な説をひとつ紹介させてください。
それは、江戸時代に呉服屋(現代でいうアパレルですね)の、越後屋(現在の三越の前身となった店です)が、始めたもので、それは「恵比寿袋」と呼ばれ、たいそう評判になったそうです。この「恵比寿袋」が、現在の福袋の前身だったのではないか。という説です。
越後屋以前、呉服というものは、基本的に商人のほうが得意先に訪問して販売する形式でした。見本もしくは商品そのもの持って行って注文を取っていました。また、支払いも年2回ほどの掛け売りが主でした。
このやり方では、いちいち見本や商品を持っていく人手も掛かりますし、掛け売りにすれば、利子が発生したりして、手間がかかります。そういった手間賃は当然商品に加算されるので、自然呉服の価格は上がります。また。店としても、年2回しか収入のチャンスがないとなると資金繰りが安定しません。また、この掛け取りに失敗すると、踏み倒されて損をしたり、それを防ぐために掛け取り人(借金取り的な人ですね)を雇ったりと、さらにいらぬ手間がかかっていきます。
越後屋は、そのような商習慣に革命を起こします。「店先現銀売り(たなさきげんきんうり)」「現銀掛け値なし(げんきんかけねなし)」という全く新しい商法を掲げました。これは、店頭で販売する、定価を設定して販売する、掛け売りではなく、商品受け取り時に現金でやりとりをする、というもの。つまり、現代日本では常識となった販売方法です。なお、現金を"現銀"と表記しているのは、当時の貨幣が銀を中心に回っていたからであり、誤表記ではありません。こういった新商法で人件費などをカットし、呉服を安く売ることに成功します。
そんな越後屋は、当時反物単位でしか取引してはいけないとされていた生地を、客のニーズに合わせて切り売りし始めます。これにより、反物に手が出なかった庶民でも、予算に合わせて呉服の生地を買い求めることができるようになりました。
こういった商法の革命により、越後屋は江戸でも大評判になります。江戸の町人からは、「芝居千両、魚河岸千両、越後屋千両」と呼ばれたそうです。芝居、魚河岸、越後屋は1日千両も売り上げる、という意味で、越後屋がすさまじい売り上げを上げていたことがわかります。
さて、庶民の味方となった越後屋の切り売りですが、切り売りを行えば、当然余りが生じます。ところが越後屋は、その余りさえも、ビジネスチャンスにつなげました。
江戸時代、冬物が出回るのは、11月から。越後屋は11月の1日から3日まで、1年間に出た裁ち余りの生地を袋に入れて、販売を行いました。この袋が大変評判になり、やがて江戸の町人たちは、これを「恵比寿袋」と呼ぶようになったそうです。恵比寿さまといえば、七福神の一柱。時代がすすむと、この恵比寿袋はやがて大雑把に福袋と呼ばれるようになって、現在に至る、というわけです。
受験は実力が試される場ですが、運もまた実力のうち。お正月には気分転換がてら、初売りの福袋を買ってみて、運試しをしてみるのも一興かもしれませんね。
2023.11.20
10月7日、イスラム組織ハマスが、イスラエルへ大規模な攻撃を行いました。これに対して、イスラエル側はパレスチナのガザ地区へ徹底した空爆を実施しています。さらに、ハマスもイスラエルに対し、ロケット弾を応射。双方の攻撃は民間人も巻き込んで、多数の死傷者を生んでいます。
1948年。イスラエルという新しい国家が、パレスチナの地に建国されました。その結果、元々パレスチナに住んでいた人々は、無理に追い立てられて、ヨルダン川西岸やガザ地区に住むことを余儀なくされてしまいました。パレスチナ側には、武力でイスラエルに抵抗するイスラム系武装組織も生まれます。イスラエルはそういった武装組織に軍隊でもって対抗。この争いは今日に至るまで収まりを見せていません。これが、いわゆるパレスチナ問題です。
こうまとめると、イスラエルが強引に建国したことが原因であり、速やかにパレスチナの地を出れば、解決しそうに見えますが、この問題の根は、それが何千年にも続くしがらみのせいで、困難である、というところにあります。
ここでは、そのパレスチナ問題の根がどういうものか、少し書いていこうと思います。
元々、といっても何千年もまえの話です。現在のパレスチナは、「カナンの地」と呼ばれ、イスラエルのほとんどを構成するユダヤ人の祖先が暮らしていたといいます。どこでいわれているか。世界一のベストセラーである聖書、その旧約聖書の中で、いわれていることなのです。今回のタイトルである「密あふるる約束の地」というのは、旧約聖書におけるカナンの地の描写に登場する言い回しです。現在の紛争の話なのに、発端は旧約聖書。このパレスチナ問題の根がとんでもなく深いということこれだけでも感じられるのではないでしょうか。
古代、このカナンの地で暮らしていた人々を、「ヘブライ人」といいます。
その後、ヘブライ人たちは飢饉から、一時古代エジプトに集団移住を行い、エジプトで奴隷とされてしまいますが、指導者モーセの導き(例の、海をばっくり割るやつですね)によって、再びカナンの地にたどり着き、定住していきます。
やがてカナンの地にはイスラエル王国が建国されます。そしてまた聖書の有名人であるダビデ、ソロモン王の統治を経て、王国は北のイスラエル、南のユダに分かれます。
この2つの王国は共に、バビロニアやエジプトなどに敗れ、滅亡していきます。先にイスラエル王国が滅び、ユダ王国は、バビロンへ捕囚されることになります。(いわゆるバビロン捕囚です。)こうして、この捕囚されたヘブライ人はユダヤ人と呼ばれるようになります。
こうして故郷を失ったユダヤ人は、ペルシア、マケドニア、ローマ、そしてヨーロッパ全土へと、時代の波に翻弄されるように流浪してゆきます。
中世ヨーロッパのキリスト教社会では、ユダヤ人は「キリスト殺し」の罪を背負うとされ(イエスもユダヤ人ですが)、迫害を受け続けます。土地を持たず、商工業ギルドにも入れないユダヤ人にできた仕事は、いわゆる"闇金"の類しかなかったといいます。
イギリスの文豪、シェイクスピアも、「ヴェニスの商人」という作品で、ユダヤ人高利貸しのシャイロックというキャラクターを登場させています。
この何百年に及ぶユダヤ人差別は収まるどころか、近代にいたるまで延々と続き、ついには、ナチスドイツによる、ホロコースト(大量虐殺)へと発展してしまうのです。
何千年も、居場所がなく、迫害され続けてきた民族、ユダヤ人。彼らが1948年に、「密あふるる約束の地」に建国したのが、イスラエルなのです。
もちろん、これはユダヤ人側から見たイスラエル建国までのお話す。迫害されていたから、数千年前に住んでいたからといって、パレスチナに住んでいた人から無理矢理土地を奪っていいわけではありません。しかし、パレスチナ問題の根は、このようにヨーロッパ全土を巻き込んで、何千年も遡る必要のある、深刻な問題である。ということが少しお伝えできれば、と思っています。
また、パレスチナ問題を語る上では、当然パレスチナ=アラブ側にも、スポットライトを当てる必要がありますが、非常に長くなることが確実ですので、ここには書かないでおきます。興味を持たれた方は、是非調べてみてください。
しかし、聖書に「密あふるる約束の地」と書かれた場所が、今日でも戦火にさらされており、死者を出してしまっている事実は、なんというか、やりきれない思いがありますね。