城南コベッツ笹原駅前教室

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2025.10.01

こんにちは、教室長の木村です。

城南コベッツ笹原駅前教室は、今月10月22日におかげさまで開校15周年を迎えます。

その歴史を振り返る意味で、ホームページがリニューアルされる以前の過去のホームページに記載されていた記事の中から、よく閲覧されていたものをピックアップして、現在のホームページにアップし直したいと思います。

今日は、2018年8月に旧ホームページに掲載された記事をアップします。

死刑制度存続の是非というのは非常に重いテーマですが、大学入試の小論文のテーマとしては、出題される可能性があるテーマです。

大学入試で小論文の試験を受ける場合には、出題された時に文章を書くことができるように、自分の考えをまとめておく必要がありますので、その前提で記事をお読みください。

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死刑制度存続の是非について考える~小論文の書き方の観点から~(城南コベッツ笹原駅前教室:2018年8月)

こんにちは、教室長の木村です。

非常に重いテーマではありますが、今日は、死刑制度存続の是非について考えてみたいと思います。

大学入試の小論文のテーマとしては、大いに出題の可能性が考えられる内容ですので、高校生のみなさんには、自分の考えを整理するヒントにしてほしいと思います。

「死刑制度は存続させるべきである」という意見の主要な論拠としては、次の2つが挙げられます。

一つ目の論拠としては、哲学者のカントが「刑罰は悪に対する悪反動であるため、犯した犯罪に相当する刑罰によって犯罪を相殺しなければならない」という「絶対的応報刑論」の観点から「もし彼が人を殺害したのであれば、彼は死なねばならない」と述べている通り、「殺人の罪を犯した者は、死刑に処せられるべきだ」という考え方が存在します。

二つ目の論拠としては、「犯罪者の生命を奪う死刑をあらかじめ定めておくことで、これから犯罪を行おうと考える者に対して死刑で威嚇をし、犯行を思いとどまらせることができる」というもので、「死刑には、犯罪を予防し、抑止する効果がある」という考え方が存在します。

これに対して、「死刑制度は廃止するべきである」という意見の主要な論拠としては、次の2つが挙げられます。

一つ目の論拠としては、「近代国家においては(犯罪者を含めて)すべての人の人権が尊重されるべきであり、少なくとも国家の正常な状態においては、死刑は廃止されるべきである」という考え方が存在します。

二つ目の論拠としては、「もし後から無罪だと分かった時に、死刑を執行してしまっていたら取り返しがつかないが、懲役刑などであれば、後から補償を行うことができる」ということがあります。

「死刑制度存続論者」の議論に対する「死刑制度廃止論者」からの有力な反論としては、自らが生きることに絶望した者が「たくさんの人を殺して、逮捕されて死刑判決を受け、国の手によって自分を死刑にしてもらいたい」という歪んだ自殺願望を抱いた場合に、死刑制度は犯罪に対する抑止にならない、ということがあります。

逆に、「死刑制度廃止論者」の議論に対する「死刑制度存続論者」からの有力な反論としては、死刑制度を廃止した場合、自分の親や子どもなどの親しい人を殺された遺族は、犯人が死刑にならずに生き続けていることを思うと、復讐の気持ちが湧いてしまい、(自分が人を殺しても死刑にならないのだから、なおさら)犯人を裁判に委ねずに自分の手で殺してしまうか、誰か人を雇って犯人を殺そうと考えてしまうのではないか、という私的な復讐(仇討ち)への懸念が挙げられます。

では、これらの内容をどのように小論文にまとめればよいのか、小論文の書き方を見ていきたいと思います。

小論文の書き方として、絶対的なものがあるわけではありませんが、小論文をあまり書き慣れていない人や、文章に自信がない人は、まずは3部構成(短くて済む場合には、3段落構成)で書く練習をするのがよいと思います。

まず、第1部(第1段落)では、自分の意見や自分の立場をはっきり書きます。

今回の例であれば、「私は今後も死刑制度を存続させるべきであると考えます。」とか、「私はできるだけ早く環境を整えて、死刑制度を廃止するべきであると考えます。」というように、明確に立場を宣言してしまいます。そのうえで、「なぜならば、・・・だからです。」というふうに、理由も提示しておきます。

次に、第2部(第2段落)では、「確かに、・・・」と書いて、自分とは異なるもう一方の立場の意見について述べます。

今回の例であれば、自分が「死刑制度存続論」に立つなら「死刑制度廃止論」の、自分が「死刑制度廃止論」に立つなら「死刑制度存続論」の意見を記述し、その意見に一定の論拠があることをきちんと示します。

最後に、第3部(第3段落)では、「しかし、・・・」と書いて、自分の立場からの意見を(できれば自分とは異なるもう一方の立場の意見に対して有効に反論する形で)詳しく述べます。

今回の例であれば、自分が「死刑制度存続論」に立つなら「死刑制度存続論」の意見を、自分が「死刑制度廃止論」に立つなら「死刑制度廃止論」の意見を詳しく記述して、できるだけ読む人を説得できるように見解を述べます。

このような形の3部構成(3段落構成)の文章の書き方は、福岡県の公立高校入試の国語の作文の問題で、今の2段落構成ではなく、昔の3段落構成での記述を求められていた頃に、よく出題されていました。

「確かに、・・・」と「しかし、・・・」を使って文章をまとめるやり方は、大学入学共通テストの国語の試行問題の作文の問題でも出題されています。

小論文をあまり書き慣れていない人や、文章に自信がない人は、まずはこの「確かに、・・・」と「しかし、・・・」を使って文章をまとめるやり方をマスターするとよいでしょう。

そのうえで、文章を書くことに慣れてきたら、2部構成(2段落構成)で文章を書いたり、4部構成(4段落構成)で文章を書いたりするのもよいと思います。

また、文章の結論についても、「イエス」または「ノー」のはっきりした結論ではなく、「折衷案」的なことを提示することを考えてもよいかもしれません。

ただ、結論を「折衷案」にするには、余程うまく議論を展開しないと、ぼやけた印象になってしまう危険性が大きいですので、実際に本番で小論文を書く時間や字数が限られていることを考えると、はっきり「イエス」か「ノー」で答える形にした方が無難だと思います。

さて、世界における死刑制度の趨勢についてですが、ヨーロッパを中心とした多くの国で、死刑制度は廃止されてきています。

しかし、死刑制度を存続させているのは日本だけに限らず、アメリカのいくつかの州や、他の国々でも死刑制度を存続させていますので、「死刑制度を存続させることで、世界の中で日本だけが孤立している」と断言される状況に至っているわけではありません。

死刑制度を存続させるべきなのか、廃止するべきなのかというのは、非常に難しい問題で、大人でも簡単に結論が出せる話ではありません。

それでも、もし大学入試の小論文で問われたならば、高校生のみなさんは何らかの「結論」を出して、答案に書かなければなりません。

難しい問題であればあるほど、事前に一度文章を書いてまとめておいて、自分の中で、小論文として書けるような内容を準備しておいた方が、入試本番で対応しやすいでしょう。

大学入試で小論文を書くことになる高校生のみなさんは、死刑制度存続の是非だけではなく、小論文で出題される可能性が考えられる主要なテーマについて、時間のある夏休みのうちに、実際に文章を書いて、自分の考えをしっかりまとめておきましょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2025.09.22

こんにちは、教室長の木村です。

城南コベッツ笹原駅前教室は、来月10月22日におかげさまで開校15周年を迎えます。

その歴史を振り返る意味で、ホームページがリニューアルされる以前の過去のホームページに記載されていた記事の中から、よく閲覧されていたものをピックアップして、現在のホームページにアップし直したいと思います。

今日は、2015年3月に旧ホームページに掲載された記事をアップします。

現在では消費税の税率は標準税率の10%と軽減税率の8%の二本立てになっていますが、当時は非課税の商品を除いて消費税率は全て8%で統一されていましたので、その前提で記事をお読みください。

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小学校で学習する「割合・歩合・百分率」の重要性(城南コベッツ笹原駅前教室:2015年3月)

こんにちは、教室長の木村です。

昨年の春、消費税の税率が5%から8%に上がりました。

みなさんは、お買い物の際に税抜2,800円の商品を買って、おつりが来るかなと思って千円札を3枚出したら、お金が足りなくて、あわてて小銭を出したという経験はないでしょうか?

消費税5%の場合には「税抜2,800円×1.05=税込2,940円」ですが、消費税8%の場合には「税抜2,800円×1.08=税込3,024円」になりますので、3,000円で税抜2,800円の商品を買うことはできません。

「税込いくら」というのを計算するのは意外と簡単ではないようで、あるテレビ番組で「商品の税込価格を、電卓を使って計算する」ということをやっていた時に、ある男性タレントが電卓で「×8」と計算してしまい、先ほどの例で言えば「税抜2,800円×8=税込22,400円???」ということになって、「消費税、メチャ高っ!」と、とんちんかんな話をしてしまっていました。

電卓を使って計算するという場合でも、消費税8%込みで計算する時は「1.08倍」ということを分かっていないと、間違って「8倍」してしまって、「消費税、メチャ高っ!」となるわけです。(「×8」で計算するということは、「消費税率700%」として計算しているのと一緒ですから、それは高いはずです。)

これらのことが正しく分かるには、小学校で学習する「割合・歩合・百分率」をきちんと理解しておく必要があります。

「割合・歩合・百分率」は、日常生活でも大事な考え方ですが、高校入試でも問題の中に出てくる考え方です。 連立方程式の文章題で、問題に「料金が2割引」とか「本の冊数が35%増えた」といった記述があれば、「歩合」(割・分・厘)や「百分率」(パーセント)の考え方を使って式を立てる必要があります。

中学校に進学して一生懸命に数学を勉強して、「x」と「y」を使った連立方程式を正しく計算できるようになったとしても、もし、小学校で学習する「割合・歩合・百分率」をきちんと理解していなかったとしたら、高校入試でこれらの文章題を正しく解くことができないということになってしまいます。

中学校の理科で学習する「溶液の濃度」や「湿度」の計算でも、「パーセント」は登場します。

将来の高校入試のことを考えるうえでも、小学校で学習する算数の内容は、しっかりと身につけておくことが必要です。
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2025.09.01

こんにちは、教室長の木村です。 今日から9月です。

夏休みが終わってテストがあった学校も多いと思いますが、テストのできが良くなかった中学3年生で、「志望校あきらめようかな」と思っている人はいませんか?

もし本気で行きたい高校があるなら、今はまだあきらめる時期ではありません。

公立高校の一般入試までの日にちを考えれば、まだ半年もあります。

半年あれば、入試までの受験勉強で準備できることはたくさんあります。

さらに言うと、今年行われた令和7年度福岡県公立高校一般入試は3月5日が試験日でしたが、年明けに行われる令和8年度福岡県公立高校一般入試は3月10日が試験日です。

「入試の直前までギリギリいろいろな対策を行う」とするなら、この5日間の違いは非常に大きいです。

受験生は、入試間際が一番伸びますので、今年の中学3年生は、入試日程が遅い分だけ、入試本番までの伸び代が大きいことになります。

夏休み明けに受けたテストのできが悪くて落ち込んでいる中学3年生は、来年の3月までのカレンダーを眺めてみて、「公立高校一般入試の日まであと半年ある」ことを確認してください。

そして、もし「志望校あきらめようかな」と弱気になっていたら、志望校をあきらめる前に、一度、城南コベッツ笹原駅前教室の教室長の木村を訪ねて、「これからどうしたらいいのか」のアドバイスを聞いてみてください。

2025.08.18

こんにちは、教室長の木村です。

お盆の休みの間に、話題の映画『国宝』を鑑賞してきました。

『国宝』では、2021年NHK大河ドラマ『青天を衝け』主演の吉沢亮さんが立花喜久雄(花井東一郎)を演じ、2025年NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』主演の横浜流星さんが大垣俊介(花井半弥)を演じて、この二人の歌舞伎役者の人生が交差しながら紆余曲折を経て、一人の青年が歌舞伎の人間国宝になるまでの50年にわたる一代記が描かれていました。

ネタバレにならないよう、ストーリーの詳細は省きますが、喜久雄と俊介の人生の折々の場面で演じられる歌舞伎の演目(『二人道成寺』や、『曽根崎心中』や、『鷺娘』など)のシーンが非常に美しく、映画が始まってから終わるまでの3時間がアッという間でした。

江戸時代に近松門左衛門が書いた人形浄瑠璃・歌舞伎の脚本『曽根崎心中』は、日本史で習う内容として名前だけは知っていましたが、話の内容自体は全く知りませんでしたので、映画『国宝』を見ることで『曽根崎心中』の話のあらすじを知ることができ、とても勉強になりました。

映画『国宝』は興行収入100億円を超える大ヒット作品になっていますが、上演時間の3時間、極上のエンターテイメントを体験することができ、実際に映画館のスクリーンで見てみて、とても良い映画だと感じました。

そして、日本の伝統的な芸能の一つである歌舞伎についても、もっと詳しく知っていきたいと思いました。

2025.08.01

こんにちは、教室長の木村です。

2025年の今年は、戦後80年の年にあたります。

今年の7月に講談社現代新書から出版された辻田真佐憲(著)『「あの戦争」は何だったのか』を読んで、80年前にあった戦争の問題について考えてみたいと思います。

まず、「あの戦争」を名称としてどのように呼ぶべきなのかという呼称の問題が大問題で、そのことについて辻田真佐憲さんは本のページを割いて詳しく論じています。

太平洋戦争、第二次世界大戦、十五年戦争、大東亜戦争、アジア・太平洋戦争、アジア太平洋戦争といった具合に、候補として考えられる呼称は、いくつも存在します。(「アジア・太平洋戦争」と「アジア太平洋戦争」のように、「・」を入れるか入れないかという細かい点さえ議論になっているものも存在します。)

これらの呼称の中で、特定のイデオロギーに偏らない中立的な名称として「第二次世界大戦」という名称が「あの戦争」の呼び名として一番ふさわしいのではないかというのが第一感になりますが、しかし、時系列を見てみると、「あの戦争=第二次世界大戦」と考えた場合には、「日本が関わった戦争のはじまり」をうまく表現できないことになります。

年表を見てみましょう。
1931年(昭和6年):満州事変(柳条湖事件が起きる)
1937年(昭和12年):日中戦争(盧溝橋事件が起きる)
1939年(昭和14年):第二次世界大戦(ドイツがポーランドに侵攻する)
1941年(昭和16年):太平洋戦争(日本が真珠湾攻撃を行う)
1945年(昭和20年):ポツダム宣言受諾(日本国軍隊の無条件降伏)

第二次世界大戦は1939年から1945年に行われた戦争で、「ポツダム宣言の受諾」という形で日本は戦争の終結に関わっていますが、「ドイツのポーランド侵攻」には日本は関わっていませんので、そうなると、1941年の真珠湾攻撃でアメリカに宣戦を布告した時にはじめて第二次世界大戦に参加することになったという理解になり、それ以前の満州事変や日中戦争のことをうまく捉えることができないことになります。

これに関しては興味深いエピソードがあって、ポツダム宣言が発せられたドイツ・ベルリン郊外のポツダムを辻田真佐憲さんが訪れた際に、ツェツィリエンホーフ宮殿の展示の歴史解説パネルに「日中戦争:アジアにおける第二次世界大戦のはじまり」、そして「ドイツのポーランド侵攻:ヨーロッパにおける第二次世界大戦のはじまり」と記載されていたのを見たのだというのです。

もしその歴史解説パネルの文言を字義通りに受け取ると、第二次世界大戦のはじまりは1937年の日中戦争ということになり、盧溝橋事件によって日本が第二次世界大戦をはじめてしまったというような話になってしまいます。

もちろん、通説的な見方では、第二次世界大戦のはじまりは1939年のドイツによるポーランド侵攻であったと捉えますので、その前の1937年に起きた盧溝橋事件によって日本が第二次世界大戦をはじめてしまったかのような印象を与えることは、いささか問題ありということになります。

さて、「あの戦争」の「はじまり」をどのように捉えるかという問題以外に、「終わり」とどのように捉えるのかという問題も存在します。

日本においては、昭和天皇による玉音放送がラジオで流れた1945年(昭和20年)8月15日を「終戦記念日」としていますが、日本がポツダム宣言の受諾を連合国側に通告したのは、その前日の8月14日です。

また、日本政府全権の外務大臣・重光葵と、大本営参謀総長・梅津美治郎が東京湾内のアメリカ軍艦ミズーリ号上で降伏文書に調印したのは9月2日のことであり、国際的には、この9月2日が第二次世界大戦終結の日として捉えられています。

このような終戦の日付の問題以外に、辻田真佐憲さんは、「われわれがあの戦争を特別なものとしてではなく、歴史上に存在した数あるできごとのひとつとして扱えるようになる日はくるのだろうか」、すなわち、「あの戦争をめぐる問題系が『終わった』と本当にいえる日はいつ訪れるのか」ということを問いかけています。

「あの戦争」をめぐる問題系が「終わる」とすればどのような形になるのか、辻田真佐憲さんは次のような3つのシナリオを示しています。

一つめのシナリオは、戦争の記憶が「風化」されて「終わる」というものです。

今年2025年は戦後80年ですが、これからさらに戦後90年、戦後100年と時間が経過していくにつれて、実際に戦争を体験した人の数は減っていきます。

その結果、国民全体の戦争の記憶が「風化」してしまい、いつの間にか「終わる」というシナリオは、可能性として考えられます。

二つめのシナリオは、より大きな戦争、あるいはそれ以上に深刻な歴史的体験が到来することにより、新たな物語によって「上書き」されて、「あの戦争」という特権的な位置づけを喪失して「終わる」というものです。

これはあまり考えたくないシナリオですが、これも可能性が全くないわけではありません。

三つめのシナリオは、近代日本の歩みを、欧米列強に抗った正義の歴史として全面的に肯定するわけでもなく、逆にアジアを侵略した暗黒の歴史として一方的に断罪するわけでもない形で、「やがて然るべきところへと落ち着く」形で何らかの「国民の物語」が統合されて「終わる」というものです。

長い日本の歴史の中で、「明治維新」は近代国家としての日本を確立した「第二の建国」というべき位置づけになりますが、その建国史の総決算としての昭和の戦争が「あの戦争」ということになります。

また、長い日本の歴史の中で、「昭和時代」というものは、軍事的、経済的、あるいは政治的な意味において、良くも悪くも世界に影響を与え、歴史に爪痕を残した「黄金時代」であったということは言えると思います。

そういう意味で、昭和時代の「あの戦争」と、戦後日本の「経済大国」まで含めて、「昭和史」を多面的に捉え直して、多くの人に受容されるような「国民の物語」が樹立されていくという可能性は考えられます。

辻田真佐憲さんは、「あの戦争は、日本の近代史、あるいは近現代史という長い時間の流れのなかに位置づけて、はじめてその全体像が立ち上がってくる。そうした視点に立つことで、ようやくあの戦争は、過剰な肯定にも否定にもならず、落ち着くべきところに落ち着くのではないか。」と述べています。

いずれにしても、これからまた10年、20年と経過していけば、日本が途中で戦争に巻き込まれるということがない限り、戦後90年、戦後100年を迎えることになるわけで、特に「戦後100年」というのは大きな節目になるでしょう。

その大きな節目を見据えながら、私達は日本の近現代史や戦争の歴史を改めて振り返っていく必要があるのではないでしょうか。

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