城南コベッツ横浜六浦教室

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2026.03.31

「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションでしかない」
これは、相対性理論で有名な物理学者アインシュタインの残した言葉です。

アインシュタインの言葉に倣えば、そもそも常識とは18歳までに身につけた偏見の集まり、
つまり「偏見」とは人が生きている時代と場所によって大きく異なるわけですから、
絶対的なものとは言えないということになります。
アインシュタインの言う18歳までというのは、ちょうど高校卒業までであり、
日本では成人を迎える歳でもあります。つまり学校で常識を学ぶと言っているようです。

学校では、日々子どもたちがそれぞれの物差しを基準にした行動をとっている中で、
磨き合い、ときにはぶつかり合いながら、どんなことが大切なのか学んでいます。
この経験がいつしか共通の物差しになっていき、「常識」を作っていくのです。
子どもは間違うものであり、間違いを通して成長していくのです。
そしてそれは学校という場の大きな存在意義のひとつなのです。

2026.03.30

神奈川県教育委員会が発行している「カリキュラム・マネジメントの一環としての指導と評価、
学習評価資料集」に掲載されている「観点別学習状況の評価から評定への総括モデル」から。

【観点別学習状況の評価】
A°=十分満足できると判断されるもののうち、特に程度の高いもの
A=十分満足できると判断されるもの
B=おおむね満足できると判断されるもの
C°=努力を要すると判断されるもの
C=一層努力を要すると判断されるもの

A°=5点、A=4点、B=3点、C°=2点、C=1点とする。
5段階評定の規準(3観点評価の合計点)
5=15点~14点、4=13点~11点、3=10点~8点、2=7点~5点、1=4点~3点

【学習評価の3観点】
1.知識・技能
「知識・技能」の評価は、各教科等における学習の過程を通した知識及び技能の
修得状況について評価を行うとともに、それら既有の知識及び技能と関連付けたり
活用したりする中で、他の学習や生活の場面でも活用できる程度に
概念等を理解したり、技能を修得したりしているかについても評価するものである。

2.思考・判断・表現
「思考・判断・表現」の評価は、各教科等の知識及び技能を活用して
課題を解決する等のために必要な思考力、判断力、表現力等を
身に付けているかどうかを判断するものである。

3.主体的に学習に取り組む態度
「主体的に学習に取り組む態度」の評価は、知識及び技能を獲得したり、
思考力、判断力、表現力等を身に付けたりするために、自らの学習状況を把握し、
学習の進め方について試行錯誤するなど、自らの学習を調整しながら、
学ぼうとしているかどうかという意思的な側面を評価するものである。

評定「5」を取るためには、A°、A°、A以上が必要です。
A、A、Bなら評定は「4」ですが、A、B、Bなら評定は「3」です。
C°が1つでもあると評定「3」も取りづらくなります。

2026.03.23

2/8(日)に実施された第8回知識検定の結果が返ってきました。
一昨年、昨年は事情があって受検できず、今回は3年ぶりの受検となりました。
知識検定公式サイトはこちら、https://www.kentei-uketsuke.com/knowledge/

「知識検定」って何?という方、一言でいえば出題範囲「森羅万象」の4択クイズです。
出題ジャンルは以下の通りで、均等な割合で出題されます。
①ことば    語句、文法、漢字、外国語(末尾1番の問題)
②地理・歴史  地理・歴史全般(末尾2番の問題)
③政治・経済  政治・経済全般(末尾3番の問題)
④社会     法律、産業、教育、環境、情報・メディア(末尾4番の問題)
⑤国際     各国事情、国際情勢(末尾5番の問題)
⑥自然科学   自然科学全般(末尾6番の問題)
⑦生活     衣食住、暦・行事・風習、宗教、美容・健康、パソコン(末尾7番の問題)
⑧スポーツ   スポーツ全般(末尾8番の問題)
⑨芸術     文学、音楽、美術、古典芸能(末尾9番の問題)
⑩カルチャー  エンターテインメント、文芸、趣味、流行(末尾0番の問題)
問題は500問で、各ジャンル50問中20問以上正解し、かつ全体で350問以上正解で合格となります。

自作の予想問題集を作るくらいクイズは好きですが、年齢とともに確実に後退します。
3年前の点数、順位よりも下がってしまいましたが、正答率8割はなんとかキープできました。
第8回対策の「知識検定対策問題集」(21)~(30)では、2問ズバリ的中で出題されました。

3年ぶりに受検して、ライバルはクイズ王達ではなく、自分自身の老いだと改めて思いました。

2026.03.21

「洒落小町」という古典落語を聴く機会がありました。
「洒落小町」は、古典文学の教養と江戸の庶民生活を巧みに組み合わせた作品です。
こんなお話しです。

あらすじ
「がちゃがちゃのお松」とあだ名される騒々しい女房がおりました。
亭主の留さんが近ごろ、穴っぱ入り(遊郭通い)して家に寄りつかないと、横丁のご隠居に相談に行きます。

ご隠居 「お前がうるさ過ぎて、家が面白くないので亭主が穴っぱ入りするんだ。
昔、在原業平が、河内の生駒姫の所に毎晩通ったが、妻の井筒姫は嫌な顔一つもしたことがない。
ある嵐の晩、さすがに業平が行くのをためらっていると、こういう晩にこそ行かなければ不実と思われるから、
無理をしても行ってくださいと言う。
あまりの物分りよさに業平は不審に思い、出掛けたふりをして庭に隠れて様子を伺うと、縁側の戸が開き、
井筒姫が琴を弾きながら、"風吹けば沖津白波たつ田山夜半にや君が一人越ゆらん"と悲しげに歌を詠んだ。
それに感じた業平は、河内通いを止めたという故事があった。
歌の力はたいしたもので、小野小町は歌で雨乞いして雨を降らせたという。
お前は亭主が帰ったら歌は無理でも、優しい言葉の一つも掛け、
洒落の一つも言ったら亭主はきっと外に出なくなる」と諭しました。

早速、お松は家に帰った留さんを駄洒落攻めにします。「うるさい」と怒鳴る留さんに、
お松 「うるさぎうさぎ、なに見てはねる十五夜お月様・・」なんて調子で追い打ちをかけます。

留さんは調子のおかしいお松なんかには付き合っていられないと外へ出て行ってしまいました。
お松さんはここぞとばかり、後ろから井筒姫の歌のつもりで間違えて、
お松 「恋しくばたずね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」と大声で叫んだが、
留さんは行ってしまいました。
話しが違うとご隠居の所へ乗り込んだお松に、
ご隠居 「そりゃ狐の歌だよ」
お松 「それでまた穴っぱ入りに出かけたんだ」

※狐の穴と遊郭通いの「穴っぱ入り」を掛けた秀逸な言葉遊びのさげとなっています。
井筒姫と在原業平の故事は『伊勢物語』を踏まえており、葛の葉狐の歌は『葛の葉』伝説から取られています。
「穴っぱ入り」は本来遊郭通いを意味する俗語ですが、狐が穴に入ることと掛けて使われています。
お松が間違えて詠んだ歌は、安倍晴明の母とされる葛の葉狐が子と別れる際の辞世の歌として有名で、
隠居の教養とお松の無教養の対比が笑いを生み、最後は言葉遊びで締めくくる構成が見事です。
タイトルの「洒落小町」は、小野小町の故事と洒落を言うようにという助言を組み合わせた洒落た命名です。

用語の解説
穴っぱ入りー遊郭通いを意味する俗語。この噺では狐が穴に入ることと掛けて使われています。
井筒姫ー『伊勢物語』に登場する在原業平の妻。幼馴染みとして有名で、賢妻として知られます。
葛の葉狐ー安倍晴明の母とされる伝説の狐。信太の森に住み、「恋しくば...」の辞世の歌で有名です。
小野小町ー平安時代の女流歌人で絶世の美女。雨乞いの歌で雨を降らせたという伝説があります。
在原業平ー平安時代の歌人で、色好みの貴公子として『伊勢物語』の主人公とされています。

「洒落小町」というタイトルの由来は、ご隠居が小野小町の故事を引き合いに出し、
お松に「洒落を言うように」と助言したことから、「洒落」と「小町」を組み合わせた命名になっています。
ご隠居が説く「優しい言葉と洒落で夫を引き留める」という助言は、現代にも通じる知恵かもしれません。
ただし、お松のように的外れな実行では逆効果になるという教訓も含まれています。

2026.03.14

ありがたきもの。
舅にほめらるる壻。また、姑に思はるる嫁の君。
毛のよく抜くるしろがねの毛抜き。主そしらぬ人従者。

つゆの癖なき。かたち・心・ありさますぐれ、世に経る程、いささかのきずなき人。
おなじ所に住む人の、かたみに恥ぢかはし、いささかのひまなく用意したりと思ふが、
つひに見えぬこそ難けれ。

物語・集など書き写すに、本に墨つけぬ。
よき草子などは、いみじう心して書けど、かならずこそきたなげになるめれ。
をとこ・女をばいはじ、女どちも、契りふかくて語らふ人の、末までなかよき人かたし。

【現代語訳】
めったにないもの。
舅(しゅうと)にほめられる婿。また、姑(しゅうとめ)にほめられるお嫁さん。
毛がよく抜ける銀の毛抜き。主人の悪口を言わない使用人。

全然欠点のない人。顔立ち・心・ふるまいも優れていて、ずっと世間で人付き合いをしてきて、
ほんの少しの非難も受けない人。
同じ仕事場で働いている人で、互いに礼をつくし、少しの油断もなく気を遣い合っている人が、
最後まで本当のところを見せないままというのもめったにない。

物語や和歌集などを書き写す時、元の本に墨を付けないこと。
上等な本などはとても気を付けて写すのだけれど、必ずといっていいほど汚してしまうようだ。
男と女とはいうまい、女同士でも、関係が深くて親しくしている人で、
最後まで仲が良いことはめったにない。