城南コベッツ赤羽南教室

Tel:03-6903-8030

  • 〒115-0044 東京都北区赤羽南1丁目3-7 セキネビル 3階
  • JR線「赤羽駅」南改札口より徒歩3分

受付時間: 15:30~20:00(火~金)/14:30~19:30(土)/休み(日月祝)

  • りんご塾(算数オリンピック対策)
  • atama+個別指導
  • 総合型・学校推薦型選抜対策(推薦ラボ)

赤羽南教室のメッセージ

【RINGOJUKU WORKS・番外編】教育は、だいたい理想通りにいかない(笑)

2026.09.09

RINGOJUKU WORKSを始めてから、私は教育についていろいろなことを書いてきました。

自分で考えることが大切だ。

簡単に答えを教えてはいけない。

大人は待たなければいけない。

失敗を奪ってはいけない。

簡単に諦めない子を育てたい。

先取りをしても、急がせてはいけない。

答えより、考えた時間が残る。

こうして並べてみると、

我ながら、ずいぶん格好いいことを書いています(笑)。

では私は、毎日の授業で、そんな理想通りの指導ができているのか。

今日は、そのことについて正直に書いてみようと思います。

結論から言います。

全然できていません(笑)。

教育の現場は、そんなにきれいではない

私は長い間、教育の仕事をしてきました。

小学生、中学生、高校生、大学受験生。

いろいろな年代の子どもたちを教えてきました。

自分自身の子育ても、もう終わっています。

だから、子どもというものを、それなりに分かっているつもりでした。

ところが今、りんご塾で年中、年長、小学校低学年の子どもたちを毎日のように教えていると、

そんな自信は簡単に吹き飛ばされます(笑)。

4歳、5歳、6歳の子どもたちです。

昨日できたことを、今日はやらない。

先週あれだけ頑張ったのに、今週は最初から「やりたくない」。

問題を読んでほしいのに、隣の子の積み木が気になる。

「もう一回考えてみよう」

と言った瞬間に、

「わかんなーい」

と返ってくる。

こちらが一生懸命話しているのに、そもそも聞いていない(笑)。

ブログには、

「子どもが考えるまで待つことが大切です」

と書いている私が、

「ちょっと先生の話聞こうか(笑)」

と言っている。

これが現実です。

子育ても教育も、理想と現実の差がものすごい

私は、子育てと教育には、とてもよく似たところがあると思っています。

それは、

理想と現実のギャップが、とにかく大きいことです。

子育ての本を読めば、いろいろなことが書いてあります。

子どもの話をよく聞きましょう。

感情的に怒らないようにしましょう。

子どもの自主性を大切にしましょう。

他の子と比べないようにしましょう。

その通りです。

全部正しい。

教育も同じです。

自分で考えさせましょう。

すぐに答えを教えないようにしましょう。

子どもを待ちましょう。

成功体験を積ませましょう。

これも全部正しい。

でも、

それが毎日できたら苦労しないんです(笑)。

私は自分の子育てを終えています。

教育の仕事も長くやってきました。

それでも、幼児や低学年の子どもたちを前にして、

「今日はどうしたらいいんだろう」

と思うことがあります。

いや、

心が折れている日だって、普通にあります。

何十年やっても、です。

「待つことが大切」と書いている本人が、待てない

例えば、私はRINGOJUKU WORKSで何度も、

「待つことが大切だ」

という話を書いています。

これは本当にそう思っています。

でも、実際の授業では難しい。

目の前の子が考えている。

ここは自分で気づいてほしい。

だから待つ。

30秒。

まだ考えている。

1分。

もう少し待ちたい。

でも授業時間は決まっています。

ほかの子もいます。

子どもの集中力にも限界があります。

さて、どうする。

ヒントを出すか。

もう少し待つか。

今日はここまでにするか。

その判断を、授業中ずっと繰り返しています。

そして私自身、待ちきれずにヒントを出してしまうこともあります。

授業が終わってから、

「あそこ、あと30秒待てたな」

と思う。

逆に、

「今日は頑張らせすぎたかな」

と思う日もあります。

もっと言えば、

「あの言い方は良くなかったな」

と思うこともあります。

先生だって失敗します。

私も失敗します。

今でもです。

昨日うまくいった方法が、今日は通用しない

教育が難しいのは、

同じことをすれば、同じ結果になるわけではない

ところです。

昨日は少し厳しく言ったら頑張った。

だから今日も同じように言ってみる。

今日は泣いてしまった。

昨日はヒントを出したら、そこから一気に解けた。

今日も同じようにヒントを出す。

今日は考えることをやめてしまった。

同じ子でも違います。

その日の体調も違う。

気分も違う。

学校で何かあったかもしれない。

眠いのかもしれない。

お腹がすいているのかもしれない。

特に小さな子どもたちは、こちらの教育計画なんて簡単に壊してくれます(笑)。

だから、

「この指導法が正しい」

「こうすれば子どもは伸びる」

と簡単には言えません。

目の前の子どもを見ながら、

今日は待つ。

今日は教える。

今日は少し厳しく言う。

今日は笑わせる。

今日は進める。

今日は進めない。

その判断を毎回するしかありません。

これが、本当に難しい。

何十年やっても、心が折れる

教育を長くやっていると、

何でも分かっているように見られることがあります。

でも、そんなことはありません。

むしろ長くやればやるほど、

分からないことの多さが分かってきます。

特に幼児や低学年の指導は、本当に難しい。

何回言っても伝わらない。

昨日できたことが今日はできない。

一生懸命考えた授業が、まったくハマらない。

そんな日が続けば、

「自分のやり方が間違っているのかな」

と思うことだってあります。

自分の子育ても終わった。

教育にも長く携わってきた。

だったら、もう少し上手にできてもいいんじゃないか。

そう思います。

でも、できない(笑)。

4歳、5歳、6歳の子どもたちは、

私の経験も、

経歴も、

肩書も、

そんなものにはまったく忖度してくれません。

当たり前です。

だから今でも迷います。

今でも反省します。

そして、ときどき本気で心が折れます。

そんな私を、助けてくれる人たちがいる

そして、今回これを書こうと思った一番の理由は、ここかもしれません。

私は一人でこの教室をやっているわけではありません。

教室長の東木先生がいます。

そして、一緒に子どもたちを見てくれている学生の先生たちがいます。

私は、本当にこの人たちに助けられています。

私自身が少し熱くなってしまったとき。

何度言っても伝わらなくて、

「今日はちょっとキツいな」

と思っているとき。

隣を見ると、東木先生が私とは違う距離感で子どもと話している。

学生の先生が、

同じ説明を嫌な顔ひとつせず、もう一度してくれている。

子どもができた瞬間に、

自分のことのように喜んでくれている。

そんな光景を見て、

私自身が救われることがあります。

年齢も、肩書も、教育歴も関係ない

私は教育の仕事を長くしています。

学生の先生たちから見れば、親より上の世代かもしれません。

でも、だから私の方がいつも正しいなんてことはありません。

子どもへの接し方を見て、

「ああ、その言い方いいな」

と思うこともあります。

「自分だったら、そんなふうに待てなかったな」

と思うこともあります。

学生の先生から教えられることだってあります。

東木先生に助けてもらうことも、本当にたくさんあります。

教育の現場では、

年齢も、

肩書も、

キャリアも、

最後はあまり関係ないのかもしれません。

目の前にいるこの子に、今、何をしてあげるのが一番いいのか。

みんなでそれを考える。

分からなければ相談する。

うまくいかなければ、また考える。

誰かが疲れたら、別の誰かが支える。

先生が子どもを支えているように見えて、

実は先生同士も支え合っています。

華やかな実績の裏側にあるもの

りんご塾赤羽南教室には、外から見える実績があります。

算数オリンピックのメダル。

検定の合格。

学年を越えた先取り。

難しい問題を解けるようになった子どもたち。

もちろん、どれもうれしいことです。

でも、実際の教室で圧倒的に多いのは、

そんな華やかな瞬間ではありません。

「問題を読もう」

「もう一回やってみよう」

「鉛筆持とうか」

「人の話を聞こう」

「"むり"って言わないでね」

「とりあえず椅子に座ろっか(笑)」

「さっき約束したよね」

そんなことの繰り返しです。

今日言ったことを、来週また言う。

来週言ったことを、その次の週にもまた言う(笑)。

それでも言い続ける。

できなかったら、またやる。

泣いたら、落ち着くまで待つ。

嫌になったら、どうすればもう一度向き合えるか考える。

できたら一緒に喜ぶ。

外からは見えない、

名前すらつかない仕事の積み重ね。

それが、教室の日常です。

そして私は、その一つひとつをやってくれている先生たちに、本当に感謝しています。

教育は、一人の「すごい先生」がつくるものではない

若い頃の私は、今とは少し違ったかもしれません。

いい授業をする先生がいて、

その先生が生徒を引っ張って、

結果を出す。

そんなイメージをどこかに持っていたように思います。

でも今は違います。

教育は、一人の「すごい先生」がつくるものではない。

少なくとも、小さな子どもたちを育てていく教室は、そんな単純なものではありません。

子どもがいて、

保護者の方がいて、

先生たちがいて、

みんなで少しずつつくっていく。

私一人だったら、今の赤羽南教室は絶対にできません。

これは謙遜でも何でもありません。

本当にそう思っています。

東木先生。

学生の先生たち。

毎日、子どもたちに向き合ってくれて、本当にありがとうございます。

私が心折れているときに助けてもらっていることも、

実は結構あります(笑)。

それでも、私は理想を書き続ける

ここまで書いて、

ではRINGOJUKU WORKSで理想を語ることに意味があるのか。

もちろん、あると思っています。

むしろ、

理想通りにいかないからこそ、理想が必要なのです。

理念は、子どもを思い通りに動かすためのマニュアルではありません。

先生が迷ったときに戻る場所です。

今日、教えすぎた。

だったら次は、もう少し待ってみよう。

今日、言いすぎた。

だったら次は、違う言葉を使ってみよう。

今日は手を貸しすぎた。

だったら次は、少し離れてみよう。

完璧にできなくてもいい。

でも、

自分は何を大切にして教育をしているのか。

そこだけは忘れない。

だから私は、これからもRINGOJUKU WORKSで、

「自分で考えることが大切だ」

「待つことが大切だ」

「簡単に諦めてはいけない」

と、たぶん偉そうに書き続けます(笑)。

そして、その数時間後には教室で、

「いったん、先生の話、聞こうか(笑)」

と言っているかもしれません。

それでいいと思っています。

理想と現実の間で、今日も教える

子育ても、教育も、

理想通りにはいきません。

むしろ、

理想通りにいかない日の方が多いのかもしれません。

でも、理想通りにいかないから、

考える。

悩む。

反省する。

人に助けてもらう。

そして、また次の日にやってみる。

教育とは、

立派な理念を掲げて、

その通りに子どもを動かす仕事ではないのだと思います。

理想と現実の間で泥だらけになりながら、それでも目の前の子どもを諦めない仕事。

そしてもう一つ。

長く教育をやってきた今、強く思うことがあります。

一緒に泥だらけになってくれる人がいることは、本当にありがたい。

私がうまくできないところを誰かが助けてくれる。

誰かが困っていれば、今度は私が助ける。

そうやって教室は続いていく。

明日もきっと、理想通りにはいきません(笑)。

また同じことを何回も言うでしょう。

「さっきも言ったよね」と言ってしまうこともあるでしょう。

待つつもりだったのに、待てないこともあるでしょう。

私も失敗するでしょう。

心が折れる日も、きっとまたあります。

それでも、

東木先生や学生の先生たちと、

また子どもたちを迎えます。

うまくいかなかったら、またみんなで考える。

誰かが疲れていたら、誰かが助ける。

そして子どもが昨日できなかったことを一つできたら、

みんなで喜ぶ。

そんな毎日を、また繰り返します。

華やかではありません。

格好よくもありません。

でも私は、

そんな泥臭い毎日の中にこそ、教育の本当の姿があるのだと思っています。


160652a3-92e3-4c91-ab52-548941543787.png

ワイワイ、ガヤガヤ、カリカリカリ

新着情報

カレンダー

アーカイブ