2026.09.30
私には、少し変わった教え子がいます。
宮崎格久。
現在は大学入試数学の講師として、医学部や難関大学を目指す受験生を指導しています。
大学入試数学の参考書も何冊も出版しています。
今では立派な数学講師です。
でも、私が宮崎と出会ったのは、彼がまだ高校生の頃でした。
当時、私は予備校で大学受験数学を教えていました。
宮崎は、私の授業を受けていた生徒の一人です。
もちろんその頃は、その生徒とその後こんなに長く付き合うことになるとは思っていませんでした。
高校生だった教え子が、教える側になった
大学に進学した宮崎は、自分が高校生のときに通っていた塾で、講師のアルバイトを始めました。
今度は自分が数学を教える側になったわけです。
そして大学を卒業すると、小学校の教員になりました。
私は当然、「宮崎はこのまま小学校の先生をやっていくんだろうな」と思っていました。
ところが数年後。
宮崎から連絡が来ました。
話を聞くと、「予備校講師をやりたいです。」
そして、「弟子にしてください。」
と言うのです。
今の時代、「弟子にしてください」
なんて言ってくる人は、なかなかいません(笑)。
でも本人は本気でした。
そこから、宮崎の予備校講師としての仕事が始まりました。
最初の数年間は、喫茶店で「授業」を教えていた
予備校講師になったからといって、いきなり授業ができるわけではありません。
数学の問題が解けることと、その問題を人に教えられることは、まったく別です。
さらに言えば、「教えられる」ことと、「授業として成立させられる」ことも違います。
宮崎が予備校で教え始めた最初の数年間、よく二人で喫茶店に行きました。
数学の問題を広げて、「先生、この問題はどう教えればいいですか?」と聞かれる。
私は、
「ここから入った方がいい」
「この式はいきなり書かない方がいい」
「ここは先に説明しちゃダメ」
「ここで一回、生徒に考えさせる」
そんな話を一問ずつしていました。
教えていたのは、問題の解答ではありません。
「この問題を、どう授業にするのか」です。
同じ問題でも、どこから入るかによって生徒の理解は変わります。
何を先に言うか。
何をあえて言わないか。
どこで生徒に考えさせるか。
どこで一気に説明するか。
予備校の授業は、単に正しい解答を黒板に書けば成立するものではありません。
そんなことを、ずいぶん細かく宮崎と話していました。
「先生はここで10秒くらい間をとるんです」
当時、私の授業を撮影した動画がありました。
その編集を、宮崎にお願いしたことがあります。
普通なら、
映像を切ったり、
音声を確認したり、
必要なところをつないだり。
そんな作業をするものだと思います。
ところが宮崎は違いました。
私の授業のメモを取りながら編集していたのです。
板書の内容だけではありません。
説明の順番だけでもありません。
あるとき宮崎が言いました。
「先生は、ここで10秒くらい間をとるんです。」
......。
そこまで見てるのか(笑)。
気持ち悪いですよね(笑)。
でも宮崎は、本当にそうやって私の授業を見ていたんです。
どこで説明するか。
どこで問いかけるか。
どこで話すスピードを変えるか。
そして、どこで黙るか。
授業というのは不思議なものです。
同じ問題を扱って、
同じ解法を説明して、
同じ板書をしたとしても、
同じ授業にはなりません。
話すスピード。
声の強弱。
説明の順番。
問いかけるタイミング。
そして、「間」。
たった10秒黙っている間にも、生徒の頭の中ではいろいろなことが起こっています。
表情や目つきを前から見ていると、それがすごくよくわかります。
考えているのか。
困っているのか。
何かに気づきそうなのか。
もう少し待てば、自分で先へ進めるのか。
それを見ながら、次の言葉を決める。
だから私は、授業中に意図的に黙ることがあります。
宮崎は、その10秒まで盗もうとしていた(笑)。
そして、本を出した
その宮崎が、やがて大学入試数学の参考書を出版するようになりました。
何冊も本を出し、かなり売れた本もあるようです。
普通ならここで、「長年の指導経験から生まれた独自の指導法です」くらい言っておけばいいと思うんです(笑)。
ところが宮崎。
本を出すとき、いろいろな人にこう言って回っていました。
「これ、長谷先生のパクリです。」
おい(笑)。
自分で言うな。
それを聞いたとき、私は腹が立つどころか、
「こいつ、すごいなあ。ほんとに敵わないよ(笑)」と思いました。
もちろん、今の宮崎の授業が私のコピーだと言いたいわけではありません。
予備校講師として何年も授業をしていれば、当然、自分の授業になっていきます。
でも、高校生のときに私の授業を受け、
数年後に、「弟子にしてください」と戻ってきて、
喫茶店で一問ずつ授業の作り方を聞き、
私の授業動画を、「ここで10秒くらい間をとる」とメモしながら研究していた。
そこまでやった本人が、「長谷のパクリです」と言うのですから、まあ、完全に嘘でもありません(笑)。
真似することは、悪いことなのか
私は、若い先生がその道で食べてきた先生、いわゆる先輩やベテランの先生を真似をすることを、悪いとは思っていません。
むしろ最初は、徹底的に真似すればいい。
説明の仕方。板書。問題の選び方。
授業の組み立て。問いかけ。
そして、10秒の間まで(笑)。
でも、本当に難しいのはその先です。
人から教わったものを、自分で何百回、何千回と授業する。
うまくいかない。
変える。
また試す。
生徒の反応を見る。
また変える。
それを何年も繰り返して、
ようやく、人から教わったものが、自分のものになる。
宮崎は、それをやったのだと思います。
だから今では、宮崎には宮崎の授業があります。
私には私の授業があります。
それでいい。
いや、そうならなければいけないのだと思います。
気がつけば、15年以上一緒に教えている
そんな宮崎とは、北里順天の課外講習でも、もう15年以上一緒に仕事をしています。
高校生で予備校に来ていた生徒が、今では同じ現場で数学を教えている。
考えてみると、不思議なものです。
そして最近、もう一つ面白いことがありました。
私は約15年ぶりに、東京メディカル学院で再び授業を担当することになりました。
そこには宮崎もいます。
久しぶりに私が戻ってきたとき、経営者の曲(まがり)さんが宮崎について、こんなことを言いました。
「宮崎、長谷ちゃんのパクリやろ。本物現れたらダメだわ。」
ひどい(笑)。
宮崎からすれば、「本物を呼び戻すなよ」という話でしょう(笑)。
もちろん今のは冗談です。
今では宮崎は、私の代用品でもコピーでもありません。
一人の予備校講師として、自分の授業をしています。
ところが、この話にはまだ続きがある
宮崎には子どもがいます。
その子が小学1年生になったとき、
りんご塾赤羽南教室に通い始めました。
宮崎の家は、赤羽の近所ではありません。
吉祥寺です。
吉祥寺から赤羽まで通って、小学1年生から小学4年生まで。
4年間、赤羽南に通いました。
これも、改めて考えると不思議な話です。
高校生だった宮崎に、私が大学受験数学を教えた。
その宮崎が、「弟子にしてください」と戻ってきた。
今度は私が、「数学をどう教えるのか」を宮崎に教えた。
そして宮崎自身が予備校講師になり、高校生たちに数学を教えるようになった。
さらに時間がたって、今度は宮崎の子どもを、私が教えることになった。
しかも、大学受験数学ではありません。
小学校低学年の算数です。
ずいぶん遠くまで来たようで、実は同じところにいる
高校生だった宮崎を教えていた頃、私は大学受験数学を教えていました。
今、赤羽南で私が向き合っているのは、年中、年長、小学1年生を中心とした子どもたちです。
ずいぶん違うことをやっているように見えます。
でも私自身は、それほど違うことをしているつもりはありません。
子どもが問題で止まったとき、すぐに答えを教えない。
生徒の表情を見ながら、少し待つ。
「どういう意味だと思う?」「別の言葉で言える?」「何かできることない?」と問いかける。
そして、ときには、あえて黙る。
考えてみれば、宮崎が昔、私の授業動画を見ながら測っていた、あの「10秒」です。
高校生に対して使っていた10秒と、幼児や小学校低学年に対して使っている10秒。
教えている内容はまったく違います。
一方は大学受験数学。
一方は幼児・小学生の算数。
でも、その根っこには、同じ考えがあります。
それは、自分で考える時間を、教える側が奪わない。
私は大学受験数学を30年以上教えてきました。
その中で、数学が劇的に伸びる子と、途中で苦しくなる子を、たくさん見てきました。
難しい問題を前にしても、自分で何とかしようとする子。
問題文をきちんと読める子。
自分の考えを言葉にできる子。
一つの方法でダメなら、別の方法を試せる子。
間違えても、もう一度考えられる子。
そういう力は、高校3年生になったから突然身につくものではありません。
だから私は今、ずっと手前まで戻って、幼児や小学校低学年の子どもたちを教えています。
教育という仕事は、不思議です
こうして書いてみると、ずいぶん長い時間が流れたんだなと思います。
教師という仕事を30年以上やってきました。
何人の生徒を教えたのか、もう分かりません。
ほとんどの生徒は、それぞれ別の世界へ進んでいきました。
でも、ときどき宮崎のような人間が現れる。
教えたものを持って、今度は自分が教える側になり、それを次の世代へ渡していく。
そして、その子どもがまた私のところへやってくる。
教育という仕事を長く続けていると、こんなことが起こるんですね。
昔、「先生はここで10秒くらい間をとるんです。」と、私の授業を気持ち悪いくらい研究していた宮崎(笑)。
そんな人間から、「弟子にしてください」と言われたことを、今では少し誇りに思っています。
そして、その師匠は今日も、赤羽で年中の子どもと積み木をやっています(笑)。
ずいぶん遠くまで来たようにも見えますが、私の中では全部が同一直線上。
教えるということは、答えを渡すことではない。
自分で考え、自分の力でなんとかしようとする人間を育てること。
宮崎に数学を教えていた頃も。
宮崎に授業の仕方を教えていた頃も。
宮崎の子どもを教えていた頃も。
そして今、赤羽南の子どもたちを教えているときも。
たぶん私は、ずっと同じことをやっているのだと思います。
最後になりますが、少しだけ、宮崎の本を宣伝させてください。
書店で見つけたら見てもらえると、宮崎も私も喜びます。
購入していただけると、宮崎がとても喜びます!(笑)
▶大学入試数学 落とせない必須101題 スタンダードレベル
▶大学入試数学 落とせない必須101題 ハイレベル
▶大学入試 宇宙一やさしい数学Ⅰ・A 基本の99
▶大学入試 宇宙一やさしい数学Ⅱ・B+ベクトル 基本の111
※今回のブログは、宮崎先生に読んでもらって掲載の許可を頂いております






