城南コベッツ赤羽南教室

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赤羽南教室のメッセージ

【RINGOJUKU WORKS #3】「考える」って、なんだろう。

2026.08.13

「考える力を育てます。」

教育の世界では、よく聞く言葉です。

思考力。

論理的思考力。

問題解決能力。

最近では、どんな塾や教材を見ても、こうした言葉が並んでいます。

もちろん、私たちも「考える力」はとても大切だと思っています。

では、

「考える」って、いったい何なのでしょうか。

「考える」というのが、どういうことなのかを

はっきりと定義している人には、あまり出会いません。


難しい問題が解けること?

計算が速いこと?

論理的に説明できること?

知識をたくさん持っていること?

どれも関係していると思います。

でも私は、もっと手前にあるものだと考えています。

私たちが子どもたちに身につけてほしい「考える力」を、ものすごく簡単な言葉で定義すると、

「自分の力で、なんとかしようとすること」

です。



「わからない」の次に何をするか


子どもたちを教えていると、難しい問題に出会ったときの反応は本当にさまざまです。

問題を何度も読む子。

図を描く子。

手を動かして試す子。

前にやった問題を思い出そうとする子。

先生に質問する子。

そして、

「わかりません」

と言って、手を止めてしまう子。

私は、「わからない」こと自体はまったく悪いことだと思っていません。

わからないものは、わからない。

大人だって同じです。

問題は、

「わからない」と感じたあとです。

わからない。

じゃあ、どうする?

もう一度読むのか。

図を描いてみるのか。

小さい数字で試してみるのか。

似た問題を思い出してみるのか。

先生の説明を聞くのか。

友達の考え方を聞くのか。

何か一つでも、自分から動いてみる。

私は、そこから「考える」が始まると思っています。




頭の中だけで考える必要はない


「考える」というと、

じっと問題を見つめて、頭の中だけで答えを導き出す姿を想像するかもしれません。

でも、そんな必要はありません。

紙に書けばいい。

図を描けばいい。

具体的な数字を入れてみればいい。

手を動かせばいい。

誰かに聞いたっていい。

辞書を引いたっていい。

本を調べたっていい。

大切なのは、

自分が今持っているものを使って、なんとか前に進もうとすること。

私は、それが思考するということの原点だと思っています。




「自分で考える」とは、「自分だけで考える」ことではない

ここは、とても大切だと思っています。

「自分で考えなさい」

と言うと、

誰にも聞かず、

何も見ず、

最初から最後まで一人で解決することだと思われることがあります。

しかし、私が伝えたい「自分で考える」とは、そういう意味ではありません。

むしろ、自分の頭で考えるということは、必要に応じて人の力を借りることも含まれています。

先生の考え方を聞くこと。

友達の解き方を知ること。

別の方法がないかを調べること。

よりよい考え方に出会うこと。

こうしたことはすべて、「考えること」を深めるための大切な材料になります。

大事なのは、それらをそのまま受け取ることではありません。

一度自分の頭で整理し、

「なぜそうなるのか」

「自分の考えとどこが違うのか」

と考え直すことです。

そうして初めて、他人の考えは自分の力になります。

そして次に似た問題に出会ったとき、それを自分の判断として使えるようになります。

それもまた、立派な「考える」です。

「自分で考える」とは、「自分だけで考える」ことではないのです。




答えを教えないことが「考えさせる」ことでもない


もう一つ、教育の現場で少し気になることがあります。

「思考力を育てるために、答えを教えません」

という考え方です。

もちろん、すぐに答えを教えてしまえば、子どもが考える機会を奪ってしまいます。

だから、待つことは大切です。

でも私は、

教えなければ考えるようになる

とも思っていません。

知らないことは、いくら考えてもわからないことがあります。

経験がなければ思いつかないこともあります。

そこで必要なのが、教師です。

ヒントを出す。

別の見方を示す。

似た問題を思い出させる。

必要なら解き方を見せる。

そして、

「先生は、なぜこう考えたと思う?」

と問い返す。

考えさせることと、教えることは対立するものではありません。

むしろ、

どこまで待って、どこから教えるのか。

そこを判断することこそ、教師の大切な仕事だと思っています。




正解したから「考えた」とは限らない


算数では、答えが合っていれば○がつきます。

でも、

正解した=考えた

とは限りません。

やり方を丸暗記して、その通りに計算しただけかもしれない。

なんとなく数字を入れたら偶然合ったのかもしれない。

逆に、

答えは間違っていても、ものすごく考えていることがあります。

図を描いた。

場合分けをした。

途中までは正しかった。

でも最後に計算を間違えた。

私は、こういう答案を見るとつい笑ってしまいます。

なぜなら、その子が何を考えたのかが見えるからです。

どんな様子で解いていたのか、その必死な姿が目に浮かびます。

答えだけを見るのではなく、

そこに至るまでに、何をしたのか。

教育では、そこを見なければならないと思っています。




「すぐにできる子」が必ずしも強いわけではない


小さい頃から算数が得意な子の中には、非常に速く答えを出す子がいます。

それは素晴らしい能力です。

でも、そういう子ほど気をつけなければならないこともあります。

今まで、少し考えれば何でもできてしまった。

だから、本当に難しい問題に出会った経験が少ない。

初めて自分の力ではどうにもならない問題に出会ったとき、

急に手が止まることがあります。

「できない」

「わからない」

「やりたくない」

となってしまう。

私は、算数が得意と感じている子にこそ、

簡単には解けない問題に出会ってほしい

と思っています。

すぐにはできない。

考えてもわからない。

やり直しても間違える。

それでも、もう一回やってみる。

そこで初めて、

その子の「考える力」が試されます。




「無理」で終わらせない


私たちの教室では、

「無理」

「やだ」

「めんどくさい」

という言葉を、できるだけ簡単には使わせたくないと思っています。

もちろん、本当にできないことはあります。

嫌なこともあります。

面倒なことだってあります。

でも、

「無理」

と言った瞬間、思考が止まります。

できるか、できないかは、そのあとでいい。

まず、

「どうしたらできるだろう?」

と考えてみる。

全部できなければ、どこまでならできるのか。

一人でできなければ、誰に聞けばいいのか。

今できなければ、何を覚えればできるようになるのか。

この習慣は、算数だけの話ではないと思っています。



大人になってからの問題には、答えが書いていない


子どもたちが大人になったときに出会う問題には、教科書のような答えがありません。

仕事がうまくいかない。

人間関係で困る。

思った通りにいかない。

自分の知らないことに出会う。

突然、予定が変わる。

失敗する。

そんなとき、

誰かが横に座って、

「この公式を使えば解けますよ」

とは教えてくれません。

自分が持っている知識でなんとかしようとする。

それでだめなら、

調べる。

試す。

人に聞く。

失敗する。

やり方を変える。

そして、また試す。

結局、大人になってからも私たちがやっていることは、

自分の力でなんとかすること

なのだと思います。




算数は、その練習ができる


私は、算数の素晴らしさの一つはここにあると思っています。

わからない問題が目の前にある。

でも、必ずどこかに突破口がある。

まさに、自分がもっている道具や知識で、何とかできないか工夫する訓練です。

図を描く。

与えられた条件を整理する。

小さな場合から考える。

知っていることと結びつける。

試してみる。

間違えたら戻る。

そして、

「あ、わかった。」

という瞬間が来る。

この経験を、子どもの頃に何度もしてほしい。

なぜなら、その経験が、

「わからないものに出会っても、自分はなんとかできるかもしれない」

という感覚につながると思うからです。




私たちが育てたい「考える力」


RINGO JUKU WORKSが考える「思考力」は、難しい言葉ではありません。

知識をたくさん持っていることだけでもない。

難問を速く解けることだけでもない。

誰にも頼らず、一人ですべて解決することでもない。

わからないものに出会ったとき、

そこで止まらず、

「さて、どうしよう」

と考えられること。

前提やルールからは、誰も逃れられません。

そのうえで、

自分の持っているものを使う。

必要なら、人の力も借りる。

教えてもらったら、その考え方を自分のものにする。

失敗したら、別の方法を試す。

それでもダメなら、また考える。

私は、それが「考える力」だと思っています。

そして、その力は算数のためだけに身につけるものではありません。

子どもたちがこれから生きていく長い人生の中で、

答えのない問題に出会ったとき、

簡単に、

「無理」

で終わらせないための力です。

考えるとは、自分の力でなんとかしようとすること。

とても単純な言葉ですが、

RINGO JUKU WORKSでは、この力を何より大切にしていきたいと思っています。


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ブンブンブーーーーーン!











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