赤羽南教室のメッセージ
【RINGOJUKU WORKS#5】Google AIは、赤羽南の何を見ていたのか。
2026.08.19
先日、GoogleのAIに、
「東京23区内のりんご塾で、個性の強い教室は?」
というような質問をしてみました。
すると、ありがたいことに、
りんご塾赤羽南教室
を挙げてくれました。
ところが、その説明を読んでみると、
「凄まじい実績への執念」
「超・先取りのスパルタ気質」
「熱血なプロに引っ張ってほしいタイプに向いている」
......。
なかなか濃い教室です(笑)。
そこまで強烈かな...(笑)。
もちろん、まったく身に覚えがないわけではありません。
算数オリンピックには本気で取り組んでいます。
学年に関係なく、できる子は先へ進みます。
幼児・小学生の段階から、大学受験までを一本の線として考えています。
やると決めたことには、本気で取り組んでほしい。
そういう教室ではあります。
でも、実際に毎日子どもたちと接している私たちが感じている赤羽南とは、どこか違う。
そこで、せっかくなのでAIに聞いてみました。
「なぜ、赤羽南をそう解釈したの?」
AIに、AI自身の解釈について聞いてみる。
なかなか変な話です(笑)。
AIが見ていたもの
AIの説明を整理してみると、
理由は意外と分かりやすいものでした。
算数オリンピックで結果を出している。
学年を超えて先の内容を学んでいる。
大学受験まで見据えて指導している。
難しい問題にも積極的に挑戦している。
募集する学年を限定している。
こうしたインターネット上の情報を組み合わせて、
AIは、
「競争意識が強い」
「実績を重視している」
「厳しく鍛える」
という教室像を作ったようです。
なるほど。
確かに、
一つ一つを外から見れば、
そういう解釈になるのかもしれません。
でも、ここで一つ気づいたことがありました。
もしかするとAIが赤羽南を理解しにくかった理由は、
情報が足りなかったことだけではないのかもしれません。
一つ一つなら、珍しくない
先取りをする塾はあります。
算数オリンピックに力を入れる塾もあります。
幼児教育を行う教室もあります。
大学受験を専門にする予備校もあります。
宿題を出さない教室もあるでしょう。
子どもの自主性を大切にする教育も、決して珍しいものではありません。
一つ一つなら、それほど珍しくありません。
でも、全部が一つの教室に入っている。
だから、既存のカテゴリーに収まりにくいのかもしれません。
そして、さらに面白いと思ったのは、
赤羽南には、普通なら一緒にならなそうなものが、いくつも同居していることです。
先取りする。でも、宿題はない
普通、かなり先取りをする教室と聞けば、大量の宿題を想像するかもしれません。
家庭でもどんどん勉強する。
演習量を増やす。
そして進度を上げていく。
ところが、
赤羽南は基本的に宿題を出しません。
それでも、
かなり先まで進む子がいます。
なぜか。
私たちは、先取りそのものを目的にしていないからです。
たくさん勉強させて、無理に先へ進ませたいわけではありません。
ただ、できる子に対して、
「まだこの学年だから」
という理由だけで止める必要もないと思っています。
できるなら進めばいい。
まだ考えたいなら、
立ち止まればいい。
だから、
先取りする × 宿題なし。
一見すると矛盾しているようですが、
私たちの中では、それほど矛盾していません。
難問をやる。でも、子どもが笑っている
算数オリンピックに本気で取り組む。
メダルも本気で目指す。
こう書くと、ピリピリした英才教育の教室を想像するかもしれません。
でも、実際の教室では、子どもたちが笑っています。
先生とくだらない話もします。
難しい問題を前にして、
「あーでもない」
「こーでもない」
と楽しそうに考えています。
もちろん、できなくて悔しがることもあります。
泣くことだってあります。
でも、
難しいことに挑戦することと、
楽しく学ぶことは、
反対ではないと思っています。
むしろ、
本当に考えることが好きになれば、難しいから面白い。
そんな瞬間があります。
だから、
難問に本気で挑む × 子どもが笑っている。
これも、
赤羽南では普通の光景です。
大学受験から逆算する。でも、年中から見る
これも、少し変わっているのかもしれません。
大学受験数学を教えてきた人間が、
幼児教育を考える。
普通なら、
あまり交わらない世界です。
でも私たちは、むしろつながっていると思っています。
高校生になって、
数学ができなくなった子をたくさん見てきました。
公式を覚えている。
解法も覚えている。
でも、
初めて見る問題になると手が止まる。
「どう考えればいいのか分からない」
という高校生は、決して少なくありません。
だからこそ、
もっとずっと前に、
大切にしたいことがあります。
問題文を自分で読むこと。
分からなくても少し考えること。
自分なりの方法を試してみること。
間違えた理由を考えること。
言葉を使って考えること。
簡単に諦めないこと。
そう考えると、大学受験と幼児教育は、
私たちの中では一本につながっています。
だから、
大学受験から逆算する × 年中から受け入れる。
これも、
私たちにとっては矛盾ではありません。
赤羽南には、こんな「矛盾」がたくさんある
考えてみると、
他にもあります。
結果にはこだわる × 結果だけでは評価しない。
挑戦する以上、結果は真剣に目指します。
算数オリンピックに出るなら、本気でメダルを取りにいく。
でも、メダルを取った子が偉くて、
取れなかった子がダメだとは全く思いません。
先へ進ませる × 急がせない。
できるなら先へ進む。
でも、一問をずっと考えているなら、
待つ。
自分で考えさせる × 一人にはしない。
答えは簡単に教えない。
でも、
困っている子を放っておくわけでもない。
子どもを尊重する × 子ども扱いしすぎない。
一人の人間として尊重する。
だからこそ、
約束したことには責任を持ってほしい。
自由に考えさせる × 約束には厳しい。
考え方は一人ひとり自由です。
でも、
人との約束は、自由とは別の話です。
こうやって並べてみると、
確かに少し変な教室かな...と思ったり。
でもあたりまえのことしか言ってないじゃないか、と思ったり(笑)。
私たちの中では、
どれも矛盾していません。
AIは、赤羽南を誤解したのか
ここまで考えて、
少し見方が変わりました。
AIが赤羽南を理解できなかったというより、
既存のカテゴリーに当てはめようとしたのかもしれません。
先取り。
算数オリンピック。
大学受験。
実績。
これらの言葉を並べれば、
「熱血」「競争」「スパルタ」
というカテゴリーに入れるのは、ある意味では自然です。
でも、そこに、
宿題なし。
待つ。
教えすぎない。
失敗させる。
笑っている。
という情報が入ってくる。
途端に、
カテゴリーにはまりにくくなる。
一つ一つなら珍しくない。
でも、普通なら一緒にならないものが、一つの教室に入っている。
だから、外から見ると説明しにくい、のかな?
そして、少し怖くなった
ここまでAIについて考えていて、ふと思いました。
AIは、見えている情報から、
「赤羽南とはこういう教室だ」
とカテゴリー分けしましたよね。
では、
私たちは子どもを見るとき、
同じことをしていないでしょうか。
テストで100点を取った。
「頭のいい子」。
授業中に落ち着かない。
「集中力のない子」。
すぐに答えられない。
「算数が苦手な子」。
宿題を忘れた。
「やる気のない子」。
目の前に現れた一つの事実から、その子全体を説明できる言葉を、私たちはつい探してしまいます。
でも、人間はそんなに単純ではありません。
算数が得意なのに、
失敗することをものすごく怖がる子もいる。
普段は諦めないのに、
ある問題だけはすぐに「無理」と言う子もいる。
いつも笑っているのに、
実は自信がない子もいる。
落ち着いて見えるのに、
頭の中ではものすごい速さで考えている子もいる。
矛盾して見えるものが、一人の中にいくつも同居している。
それが、人間なのだと思います。
カテゴリーから外れたところを見る
AIが赤羽南を一つのカテゴリーに入れようとしたことで、
現場とのズレが生まれました。
だとしたら、
私たちも、
子どもを分かりやすいカテゴリーに入れた瞬間、その子の大切な部分を見失うのかもしれません。
「この子はこういう子」
と理解した瞬間こそ、少し疑ったほうがいい。
本当にそうだろうか。
その子の中に、
まだ自分が見ていないものはないだろうか。
AIに対して、
「赤羽南をちゃんと見てほしい」
と思った私ですが、
でも最後には、別の問いが生まれました。
私たちは、目の前にいる子どもたちを、ちゃんと見ているだろうか。
一つ一つの特徴ではなく、
一見矛盾して見えるものまで含めて、
その子を見ているだろうか。
AIに赤羽南について聞いただけだったのですが、
ずいぶん遠いところまで来てしまいました(笑)。
長くなってしまって、読んで頂いた方も疲れたかもしれません。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
でも、こういうところまで考えてしまう教室だから、






