赤羽南教室のメッセージ
【RINGOJUKUWORKS#24】2035年、子どもたちはどう働くのか――厚生労働省が10年前に描いていた未来
2026.10.02
先日、RINGOJUKU WORKSで、内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」について書きました。
2050年。
人間の身体や脳、空間、時間の制約まで、テクノロジーによって大きく変わっているかもしれない。
そんな未来について考えていたところ、もう一つ、とても興味深い政府の資料を見つけました。
厚生労働省が2016年にまとめた、
という報告書です。
今から10年前に、「20年後、人間はどのように働いているのだろう」と本気で考えた報告書です。
読んでみて、少し驚きました。
なぜなら、そこに書かれていた2035年の姿の一部が、すでに始まっているからです。
AIによって、専門的な仕事であっても、パターン化できるものは自動化されていく。
働く場所や時間の制約が小さくなる。
一つの会社に所属し続けることが当たり前ではなくなる。
そして、人間には、人間にしかできない仕事がより重要になる。
2016年に書かれた文章です。
当時、ChatGPTはまだありません。
コロナパンデミックも起きていないので、リモートワークもそれほど浸透していませんでした。
ところが2026年の今、私自身、文章を考えたり、資料を調べたり、仕事の整理をしたりするために、日常的にAIを使っています。
10年前なら、人間が何時間もかけていた仕事です。
では、もう一つ考えなければならないことがあります。
今、教室にいる子どもたちは、どんな社会で働くのでしょうか。
2026年に5歳の子どもは、2035年には14歳です。
大学を卒業して社会に出るころには、2040年代になっています。
私たち大人が経験してきた社会とは、かなり違う社会になっているかもしれません。
だから私は、「将来困らないように、今のうちにたくさんの知識を覚えさせよう」だけでは足りないと思っています。
厚生労働省の報告書には、2035年の教育について非常に興味深いことが書かれています。
それは、
「自立するための教育」です。
自分の好きなこと、得意なことを知る。
世の中にどんな選択肢があるのかを知る。
そして、自分で道を選ぶ。
ただし、自由に選ばせればそれでよい、という話ではありません。
報告書は、将来方向転換するためにも、初等・中等教育の段階で共通の基礎能力を身につける必要があるとしています。
私は、この部分を読んで、以前このブログで書いた言葉を思い出しました。
「選ばせる前に、選べる人を育てる。」
自分で選ぶためには、自分で考えられなければならない。
自分で考えるためには、文章を読み、意味を理解し、言葉を使い、数量を扱い、比較し、試し、間違え、もう一度考えるための土台が必要です。
だから、りんご塾赤羽南教室で私たちが考える「思考力」は、難しい問題を解けることだけではありません。
私たちは、「考える=自分の力でなんとかしようとすること」だと考えています。
すぐに先生を呼ばない。
「分からない」で止まらない。
子ども自身が自ら、問題文をもう一度読む。
図を描いてみる。
積み木を動かしてみる。
知っている言葉に言い換えてみる。
間違えたら、どこがおかしかったのか考える。
教室では、小さな子どもたちが毎日やっていることです。
でも、2035年、2040年の社会を考えると、
これは単に算数をできるようにするためだけの練習ではないのかもしれません。
AIは、これからもっと賢くなるでしょう。
計算もする。
文章も書く。
翻訳もする。
プログラムも作る。
おそらく、私たちが今想像している以上のことができるようになります。
だからこそ、「AIより速く答えを出せる人間」を育てようとしても意味がない。
それよりも、何を知りたいのか、何を問題だと思うのか。
どの答えを選ぶのか、その答えを本当に信じてよいのか。
そして、自分は何をしたいのか。
そこを考えられる人間を育てる必要があるのではないでしょうか。
厚生労働省が2035年について書いた報告書を読みながら、私は改めて思いました。
未来のための教育とは、未来の技術を幼児に教えることではありません。
5歳の子にAIを教え込むことでも、10歳の子に大学の内容を先取りさせることでもない。
どんな時代になっても、自分の頭で考え、自分の言葉で理解し、自分の力でなんとかしようとする人を育てること。
それが結果として、変化の激しい未来を生きるための、一番古くて、一番新しい教育なのかもしれません。
2035年。
今、教室にいる子どもたちは、その社会を生きています。
だから私たちは、「今の入試に何が出るか」だけではなく、この子たちが大人になる世界から逆算して、今何を身につけるべきなのか。






