赤羽南教室のメッセージ
【赤羽南余話#3】長谷先生と多磨学院と赤羽南教室
2026.09.19
皆さんこんにちは!
東木です!
昨日、RINGOJUKU WORKSで、長谷先生がこんな記事を公開しました。
長谷先生が中学生の頃に通っていた、多磨学院という塾について書いた記事です。
授業中に突然電気が消える。
先生が生徒たちに本気で語りかける。
最後には、全員でファイトコール。
塾なのに、クラスのみんなで山へ行く。
バスの中では声が枯れるほど歌う。
山荘では寝袋で寝る。
川の水で顔を洗う。
鍋と固形燃料を持っていき、川の近くで食事をする。
私は長谷先生から、これまでにも何度かそんな話を聞いていました。
もちろん、嘘だとは思っていません。
ただ、何しろ50年近く前の話です。
しかも、一つひとつの話がなかなか強烈です(笑)。
ところが昨日、この記事を公開したことで、長谷先生の中の何かに完全に火がついたようです。
土曜の朝、いきなり「これ見て」
昨日の記事を公開した、その翌朝。
土曜日の今日、私が出勤すると、長谷先生がいきなり、「これ見て」と言って、多磨学院のFacebookを見せてきました。(こちらです)
どうやら記事を書いたあと、自分が通っていた塾について、さらに調べ始めたようです。
Facebookには、当時の多磨学院の写真がたくさん残っていました。
昔の教室。
先生たち。
生徒たち。
山荘。
川。
マイクロバス。
その写真を一枚ずつ見ながら、長谷先生が説明してくれました。
「この教室、こんな感じだった」
「これが合宿所へ行くときのバス」
「ほら、川の近くで本当に食事してるでしょ?」
そして、満足そうに一言。
「ね? 本当だったでしょ?」
なぜか、ものすごくドヤ顔でした(笑)。
本当に、川の近くで鍋を使っていました
写真を見ると、本当に川の近くで、生徒たちが鍋を使って食事をしています。
長谷先生が以前から話していた、「川の近くでラーメンを作って、鍋から直接食べる」という話も、どうやら事実そのままだったようです。
むしろ写真を見ることで、本当にこんな塾があったんだということを、私のほうが改めて実感しました。
さらに驚いたのが、合宿所へ向かうマイクロバスの写真です。
多磨学院では、日程をずらして各クラスを別々に合宿に連れて行っていたそうです。
そのため、塾長は何度も何度もマイクロバスを運転して、生徒たちを山まで連れて行っていたとのこと。
これ、今の赤羽南に置き換えて考えてみると、ものすごいことです。
りんご塾の子どもたちをクラスごとに分ける。
それぞれ別の日に集合させる。
マイクロバスに乗せる。
先生が運転して山まで連れて行く。
川の近くで食事を作る。
山荘に泊める。
そして、また赤羽まで連れて帰る。
......。
考えただけで、いろいろすごいです(笑)。
バスで歌っていた曲が、CDになっていました
そして、私がいちばん衝撃を受けたのが、これです。
多磨学院では、合宿所へ向かうマイクロバスの中で、みんなで歌を歌っていたそうです。
それも、少し歌うという程度ではありません。
山に着く頃には、みんな声が枯れていたと長谷先生は言います。
この話も以前から聞いていました(脚色が含まれているかもしれないと思っていましたが、たぶんこれも事実なんだろうな、と思います(笑))。
ところがFacebookを見ていると、当時バスの中で歌っていた曲のリストが、後になってCDにまとめられていました。
塾の合宿へ向かうバスで歌っていた曲が、CDになっている。
え?塾ですよね?
そんな塾、ありますか?(笑)
でも、それだけ当時の生徒たちにとっても、先生たちにとっても、多磨学院で過ごした時間が大きなものだったのだと思います。
何十年たっても、先生や元生徒たちが集まる。
昔の写真を残している。
バスの中で歌った曲まで覚えている。
そして、それをCDにする。
単に授業を受けた塾というだけでは、ここまではならないと思います。
多磨学院は、そこで過ごした人たちにとって、人生の中にずっと残り続ける場所だったのだと思います。
そして、もう続編を書いています
長谷先生は、昨日の記事を書いて終わりではありませんでした。
昔の写真を見つけ、多磨学院のことをさらに調べ始め、早速、続編まで書き始めています(笑)。
昨日公開したばかりですが、昔の写真を見ながら、また色々考え始めています。
そして、やはり最後は赤羽南の話になります。
「人が本気になる教室をつくりたい」
多磨学院の話をしていたはずなのに、気がつけば赤羽南のこれからを考えていました。
長谷先生の原点なんですね
もちろん、多磨学院と赤羽南は、まったく違う教室です。
赤羽南では、授業中に突然電気を消して説教をしたりしません。
全員でファイトコールもしません。
子どもたちをマイクロバスに乗せて、クラスごとに山へ連れて行く予定もありません。
川の水でラーメンも作りません(笑)。
でも、
先生が本気で子どもと向き合えば、子どもも本気になる。
そこで過ごした時間が、その子の中に長く残るような教室をつくりたい。
その思いは、多磨学院から続いているのかもしれません。
私はこれまでに、「長谷先生の教育の考え方は、どこからきたのかな?」
と折に触れ考えてきましたが、今回、多磨学院の写真を見て、もう少しよくわかるようになりました。
まじで、想像以上に体育会系です(笑)。
長谷先生自身がかつて経験した、
本気の大人たちが、本気でつくった教室を、今度は自分が、今できる形で子どもたちへ返そうとしている。
長谷先生が、多磨学院をはじめとする、かつての教育の在り方について語る理由も、
赤羽南を普通の個別指導教室にしたくない理由も、
昨日の記事と、今朝見せてもらった写真が、私の中で少しつながりました。
一緒に作っていきましょう。
大人の本気が、子どもに伝わる教室を!






