赤羽南教室のメッセージ
【RINGOJUKUWORKS#26】中学受験であれだけ勉強したのに、なぜ中学生になると自分で勉強できないのか
2026.10.05
私はこれまで、私立の中高一貫校に通う中学生、高校生を数多く見てきました。
その中で、長い間ずっと不思議に感じていたことがあります。
中学受験を経験した彼らの多くは、小学生の頃、本当によく勉強しています。
塾に通って、大量の問題を解いて、宿題も膨大な量をこなしてきている。
模試やテストも、数え切れないほど受けています。
小学生としては、かなりの勉強量です。
だから私は当然、中学生になったら、自分で勉強することにも相当慣れているのが普通ではないかと思っていました。
ところが、実際に教えていると、必ずしもそうではありません。
中間テストが近づいているのに、生活が変わらない
例えば、中間テストや期末テスト。
もうすぐテストなのに、それほど生活が変わらない子がいます。
普段より勉強時間を増やすわけでもない。
今回のテストで何点を取りたいのか、明確な目標があるわけでもない。
できていない単元を洗い出しているわけでもない。
そしてテストを受ける。
60点くらいだった。
もちろん、平均点や問題の難易度によりますから、60点という数字だけで良い悪いを判断することはできません。
私が気になっていたのは点数そのものではありません。
「この結果なら、次はやり方を変えなければ」という反応が、ないんです......。
「次は80点を取る」
「だったら2週間前から、しっかり勉強を始める」
「普段の授業の聞き方を変える」
「今回は英単語を全部覚えてからテストを受ける」
「数学のこの単元が弱いから、日曜日にやり直す」
そういう発想にならない。
試験の結果から、「やり方を変えようとか」「点数を上げよう」と考えていない生徒があまりに多いので、私はずっと、「なぜなんだろう」と思っていました。
テストに慣れているからこそ、テストが特別ではない?
最近になって、一つの可能性に気づきました。
もしかすると、テストに慣れすぎているのではないか。
中学受験の勉強が始まる小学4年生の頃から、とにかくテストが続きます。
今週末もテスト。来週もテストで、月末には大事なテスト。
もうテストが続きすぎて、どこが弱いのかが、かえってわからなくなるという逆説です。
点数が良いこともあるし、悪いこともある。
でも、また次が来る。
そういう経験を3年以上も続けてきた。
すると、中学生になって中間テストが来ても、「テストだから、本気で準備しなければ」というスイッチがあまり入らないのではないか。
テストをたくさん経験していることと、テストに向けて自分で準備できることは、同じではないのだと思います。
あれほど勉強していたのに
ここで、もう一つ大きな疑問が出てきます。
中学受験のときは、あれほど勉強したはずの子どもたちです。
では、なぜ中学生になったら、自分で勉強できない子が続出するのでしょうか。
最近、私はこう考えています。
たくさん勉強していたことと、自分で自分の勉強を動かしていたことは、同じではなかったのかもしれない。
中学受験塾には、非常によくできたカリキュラムがあります。
次に何を勉強するのか。
いつテストがあるのか。
何を復習するのか。
かなり細かく用意されています。
子どもは、そのレールの上を一生懸命に走ります。
これは決して悪いことではありません。
むしろ、小学生にあれだけの勉強をさせるには、精密な仕組みが必要でしょう。
ただし、一つだけ注意しなければならない。
レールの上を速く走れることと、自分で行き先を決められることは違います。
「先生、次は何をやればいいですか」
高校生を教えていても、「先生、次は何をやればいいですか」と聞かれることがあります。
もちろん、最初はそれでいい。
こちらが勉強方法を教える必要もあります。
でも、同じ質問をずっと繰り返すようでは困ります。
自分の成績を見る。
自分の弱点を考える。
目標までの距離を逆算する。
「だったら今、自分にはこれが必要だ」と判断し、実行する。
中学生以上の勉強には、そういう力が少しずつ必要になります。
ところが、小学生の頃からずっと、「次はこれ」「今週はここ」「次のテスト範囲はここ」と用意され続けていると、自分で自分の勉強を設計する経験が少ないまま中学生になり、それを修正することなく高校生になることもあるのではないでしょうか。
もう一つ、不思議だったこと
私が中高生を教えていて、もう一つ不思議に感じていたことがあります。
文章題を極端に嫌がる子がいることです。
実際にはそれほど難しくなくても、"文章題"を目にすると、「あぁもう無理~!」「先生、わかりません」と拒絶反応が起きます。
"証明問題"なんてもってのほかで、一行目すら自分で書けない。
私が見てきたそういう中高生には、中学受験を経験してきた生徒が少なくありません。
小学生の頃、相当難しい算数をやってきたはずです。
それなのに、中学数学、高校数学で少し難しい問題が出ると、問題を十分に読む前から、「これ無理です」「分かりません」となる。
私は「中学入試」に対して、不穏なものを感じ始めていました。
難しい問題を解いてきたことと、難しい問題から逃げないことも違う
今では私は、ここにも同じ構造があるように感じています。
難しい問題をたくさん解いたけど、テストで点が取れない。
親から何か言われる。順位も下がる。クラスが下がる。
こういう経験を繰り返した子にとって、難しい問題は、「考えると面白いもの」ではなく、「自分ができないことを確認させられるもの」になってしまっているかもしれません。
すると、「どうすればいいかな」より先に、「やりたくない」が出てくる。
これは、とても皮肉なことです。
難しい問題をたくさん経験したことが、必ずしも、難しい問題に粘れる人を育てるとは限らない。
以前なら、りんご塾で難問でもじっくり思考していた子が、大手中学受験塾に入った後で、予習シリーズの応用問題に取り組むことにすごい抵抗感を示す姿を目にするようになりました。
りんご塾で教えていた身としては、言葉にならないモヤモヤが残ります。
最近、昔の違和感がつながりました
私はこれまで長い間、中学受験をして私立中高一貫校に入学した中学生、高校生をたくさん見てきました。
その中で、
「中学受験であれだけ勉強したのに、なぜ自分で勉強を組み立てられないんだろう」
「なぜ定期テストの結果が悪くても、勉強方法を変えないんだろう」
「なぜ難しい問題と決めつけて、考える前から嫌がるんだろう」
と感じることが何度もありました。
当時は、その理由がよく分かりませんでしたが、幼児や小学生を教えるようになって、少しずつつながってきました。
たくさん勉強することと、自分で勉強できることは違う
私は、中学受験を否定したいわけではありません。
中学受験で大きく成長する子もいます。
自分で目標を持ち、努力し、失敗から修正する力を身につける子もたくさんいるでしょう。
だから、すべてを中学受験のせいにするつもりはありません。
ただ、教育する側として、この三つは分けて考える必要があると思っています。
テストをたくさん受けることと、テストに向けて自分で勉強できることは、同じではない。
たくさん勉強することと、自分で勉強できる人間になることも、同じではない。
そして、難しい問題をたくさん解くことと、難しい問題から逃げない人間になることも、同じではない。
では、中学受験という大きな教育システムを、私たちはどこまでの時間軸で評価すればいいのでしょうか。
志望校に合格した小学校6年生の2月でしょうか。
私は、そうではないと思うようになりました。






