2026.08.12
先日、面白い画像を見つけました。
「年齢と体感時間」
というものです。
そこには、
1歳 365日
5歳 73日
10歳 37日
20歳 18日
30〜34歳 11日
57〜66歳 6日
と書かれていました。
つまり、年齢を重ねるほど、一年がどんどん短く感じられるという話です。
もちろん、これは「60歳の人が本当に一年を6日間に感じている」という科学的な測定結果ではありません。
いわゆる「ジャネーの法則」と呼ばれる考え方を、わかりやすく数字にしたものです。
でも、この画像を見たとき、私は別のことを考えました。
子どもにとっての一年を、大人の時間感覚で考えてはいけない。
ということです。
「まだ6歳」ではなく、「もう人生の6年間を生きている」
私たち大人は、よくこんな言い方をします。
「まだ6歳だから」
「まだ一年生だから」
「そのうちできるようになるよ」
「一年くらい様子を見てもいいんじゃない?」
もちろん、それが間違っているとは思いません。
子どもの成長を焦らず待つことも、とても大切です。
ただ、一方で忘れてはいけないことがあります。
6歳の子どもにとって、一年はこれまで生きてきた人生の6分の1です。
60歳の大人にとっての一年は、60分の1。
単純な比率で考えれば、その重みは10倍違います。
大人にとっての「たった一年」は、子どもにとって決して「たった一年」ではありません。
子どもの頃の一年は、本当に長かった
自分の子どもの頃を思い出してみると、よくわかります。
小学校一年生から二年生になるまで。
ものすごく長くなかったでしょうか。
夏休みもそうです。
今なら一か月なんて、気がつけば終わっています。
でも子どもの頃の夏休みは、一つの「時代」のような長さがありました。
プールに行ったこと。
友達と遊んだこと。
初めて行った場所。
できなかったことができるようになったこと。
一つひとつの出来事が大きく、鮮明に残っています。
子どもにとって世界には、まだ知らないことがたくさんあります。
毎日のように「初めて」があります。
だからこそ、一日、一週間、一か月、一年の中に、大人とは比べものにならないほど多くの経験が詰まっているのかもしれません。
だから、80分の授業も軽く考えたくない
りんご塾赤羽南教室の授業は80分(幼児は60分)です。
大人から見れば、「週に一度の80分」です。
一週間は168時間ありますから、その中のわずかな時間とも言えます。
でも私は、低学年の子どもたちにとって、この80分をそんなふうには考えたくありません。
その80分の中で、
「算数って面白い」
と思うかもしれない。
難しい問題に出会って、
「わからないけど、もう少し考えてみよう」
と思うかもしれない。
何度も失敗して、最後に自分の力で解けて、
「自分にもできる」
と思うかもしれない。
逆に、
「勉強ってつまらない」
「間違えたら怒られる」
「わからなかったら答えを教えてもらえばいい」
という経験を積ませてしまう可能性だってあります。
大人にとっては同じ80分でも、
子どもの中に残る80分は、まったく同じではありません。
低学年だからこそ、教育を雑にしたくない
私は以前から、
幼児・低学年の指導ほど難しい
と思っています。
問題そのものは、高校数学や大学受験数学の方が圧倒的に難しい。
でも、
「教育として何を残すのか」
という意味では、低学年の指導は非常に難しい仕事です。
なぜなら、この時期につくられたものが、その後の学び方の土台になるからです。
すぐに答えを聞く子になるのか。
自分でなんとかしようとする子になるのか。
難しい問題を見ると「無理」と言う子になるのか。
「面白そう」と言う子になるのか。
間違えることを恥ずかしいと思うのか。
間違いから考え直すことを当たり前だと思うのか。
そうしたものは、テストの点数にはすぐ表れないかもしれません。
でも数年後、大きな差になります。
だから、
「まだ小さいから」
ではなく、
「小さい今だからこそ」
大切にしたいのです。
一年待てば、子どもは一歳大きくなる
教育では、
「もう少し様子を見ましょう」
という言葉がよく使われます。
私も使います。
待った方がいいことも、もちろんあります。
ただ、「待つ」という判断にも責任があると思っています。
一年待てば、6歳の子は7歳になります。
7歳の子は8歳になります。
大人にとっては「あっという間の一年」でも、
子どもにとっては、人生の中でとても大きな一年です。
だからこそ、
何を急ぐのか。
何を待つのか。
何を今伝えるのか。
何を今は伝えないのか。
私たち大人は、そこを考えなければならないと思っています。
子どもの時間を預かっている
塾という仕事をしていると、どうしても数字を見ます。
何ページ進んだ。
何問解いた。
偏差値がいくつ上がった。
検定に合格した。
もちろん、どれも大切です。
でも、それだけではないと思っています。
私たちが毎週預かっているのは、
教材を進めるための80分ではありません。
その子の人生の中にある80分です。
しかも、大人の80分よりもずっと大きく感じられているかもしれない80分です。
そう考えると、一回の授業を雑にはできません。
大人と子どもでは、時計は同じでも「時間」は違う
時計が刻む時間は、誰にとっても同じです。
一日は24時間。
一年は365日。
6歳でも60歳でも変わりません。
でも、その時間が人生の中で持つ意味は同じではないのでしょう。
だから私は、
「まだ6歳だから」
という言葉より、
「6歳の今だからこそ」
という視点を持っていたいと思います。
今しかできない経験があります。
今だから身につく習慣があります。
今だから伝えられることがあります。
そして、その一つひとつが、やがてその子の未来をつくっていきます。
私たちは子どもたちの80分を預かっている。
その80分の積み重ねが、一年になり、三年になり、十年になる。
そう考えると、
教育という仕事は、知識を教える仕事である以上に、
子どもの大切な時間に関わる仕事なのだと思います。
だからこそ、その時間を大切にしたい。
子どもたち自身がいつか振り返ったとき、
「あの頃、考えることが楽しかった」








